雪を巡る三つの物語✧♡
雪を巡る3つの物語
プロローグ
会議の最中に外に目をやると、まだ雪が降っていた。
1月19日。
あと1日しかない、とあなたは考えた。
あなたは小説を書こうとしていたのだ。
新聞にある囲み記事を見つけたのは去年のことだ。
雪をテーマにした幻想小説を募集する。女性が編集する小さな地方雑誌、全国版の記事だったが、それはあなたが住んでいる地方の事だった。雪がよく降る地方だったから、あなたは色々な雪を知っていた。
田んぼの上の部屋
子どもの頃のあなたは色々な雪遊びをした。
特にあなたの好きだった遊びは、雪の上に絵を描く遊びだ。あなたが描いていたのは絵と言うよりも部屋の間取りのようなもの。

家のすぐ近くにあった平たい田んぼの上の雪である。
一つの長方形を描き、腰を下ろして、椅子の場所を決める。自分の部屋が出来たら、次は隣に、別な部屋を作った。
次第にどんどん面積が広がっていく。
何度かこの遊びをするうちに、ある日、あなたはとてもよい間取りを作った。会心の出来だ。
いつから見ていたのか、近所のガキ大将が、そこを、俺に渡せと脅迫したが、あなたはがんとしてそこを譲らなかった。
あなたがしていた遊びを、彼は知っていて、その日の出来がいいことを見抜いていたのだろうか?
今思うと、彼はあなたのよき理解者だったのかもしれなかった。
劇団と雪
あなたが大学生の頃、自分の町に一風変わった劇団があることに気がついた。美術科の友人たちとその芝居を観に行こうという計画が持ち上がり、皆で出かけることにした。
小さな田舎町にある寺を舞台装置として上演されるというもので、芝居が始まる前から、印象的な光景が始まっていた。夕暮れ時の、寺の境内に翻る劇団の旗には「劇団 夜行館」の文字。地元の小さな老婆が、手を引かれて芝居を観に来ている。

地元の弥三郎節という嫁いびりの民謡を元にした劇だった。
1 一つァェー
木造(きづくり)新田の下(しも)相野
村の端(は)んずれコの弥三郎ァェー
■コレモ 弥三郎ァェー
2 二つァェー
二人と三人と人(ふと)頼んで
大開(おんびらぎ)の万九郎がら嫁貰らた
■コレモ 弥三郎ァェー
3 三つァェー
三つ物揃えて貰らた嫁
貰らて見たどごァ 気に合わぬ
■コレモ 弥三郎ァェー
4 四つァェー
夜草朝草(よぐさあさぐさ)欠かねども
遅く戻れば 叱られる
■コレモ 弥三郎ァェー
5 五つァェー
いびられ はずがれ 睨められ
日に三度の 口つもる
■コレモ 弥三郎ァェー
6 六つァェー
無理だァ親衆に 使われて
十(とう)の指コから血コ流す
■コレモ 弥三郎ァェー
7 七つァェー
なんぼ稼いでも 働れェでも
つける油コも つけさせぬ
■コレモ 弥三郎ァェー
8 八つァェー
弥三郎ォ家コばり 日コァ照るな
藻川(もが)の林コさも日コア照るァね
■コレモ 弥三郎ァェー
9 九つァェー
此処の親達(だづ)ァ 皆鬼だ
こごさ来る嫁 みな馬鹿(ばが)だ
■コレモ 弥三郎ァェー
10 十ァェー
隣知らずの牡丹(ぼた)餅コ
嫁ね食(か)へねで みな隠(かぐ)す
■コレモ 弥三郎ァェー
11 十一ァェー
十一 一日ァ 倉開(びら)ぎ
倉ば開けねで 嫁いびる
■コレモ 弥三郎ァェー
12 十二ァェー
十二 山の神ァ 餅つきで
嫁も喰(く)てだら 門廻れ
■コレモ 弥三郎ァェー
13 十三ァェー
十三所(どこ)八方から嫁貰らても
此処(こご)の婆さまの気に合わぬ
■コレモ 弥三郎ァェー
14 十四ァェー
湿(しめ)り打たねで 籾(もみ)搗かせ
たらす涙で 籾ァ搗けだ
■コレモ 弥三郎ァェー
15 十五ァェー
縁のないものァ 是非もない
泣きの涙で 暇貰らた
■コレモ 弥三郎ァェー
とてもとても暗い歌だ。
私の嫁いだ家はここまで酷くないと、この歌を歌うことで気が済んでいた嫁がいたのだろうか。この夜の芝居は主演女優の阿修舞さんが鬼気迫り、嫁役の彼女が、舞台の大きな蜘蛛の巣に絡めとられているシーンが、見ていて総毛だった。彼女は演技の一環として始めた手踊りを極めるあまり、地元の大会で優勝してしまったらしい。確かに彼女みたいな女優だったらそんなことが起こるかもしれない。
現代に生きている20代のあなたも、ふと、弥三郎節に描かれた嫁の気持ちに、同化していたようである。
あなたは子どもの頃からその劇団には出会っていた。
夏にねぷた祭りを観に行くと、その劇団は、町内会の出で立ちと違っている。顔は白塗りで、髪を振り乱し、派手な襦袢や着物をぞろりと着て、祭りの列に加わっていた。
昔ながらの運行にこだわるその劇団のねぷたは、電気でなく蝋燭で作られており、他のねぷたとは違って、少し暗めだった。
今の夜の町が、明るすぎるのだ。

不思議そうに覗き込む子供のあなたに一人の劇団員が近づいてちょっかいを出す。あなたはぎゃっと悲鳴をあげながら、彼らのことを一生忘れることはないだろう。
大学生の、成人したあなたからみても、彼らは充分、ミステリアスであり、興味を引かれた劇団が、子供の頃からの記憶に鮮烈に残っていたことに驚いていた。
弘前市のタウン誌を作ろうと、美術科の仲間と劇団の団長のロングインタビューをしたこともある。弘前大学で「演劇論」という講義を持っていた彼は、まず、学生たちに、「3歳の時の記憶」について尋ねる。
今の自分の年齢になるとところどころに重要な記憶があり、他はすべて抜け落ちているのだ、と彼は言う。
彼は最も確かで重要な記憶について語った。
田んぼで遊んでいた彼を、遠くで母が呼んだ。
風が強く声は聞こえない。
だが、その瞬間、彼は妹が亡くなったことがわかった。
妹の棺を運ぶ砂利道は、みぞれでびっしょり濡れていた。
だが、実際の命日は真夏なんだよ、と団長は言った。
雪の中の別れ
あなたは22歳になっていた。恋人がいたが、彼の心はすでにあなたになくなっていた。
ある雪の日。
大学の研究室で卒業制作に熱中していたあなたは、ひどく遅い時刻であることに気がついた。廊下に出ると、もう一つ同じ階の部屋に明かりがついており、そこに彼の姿を見つけた。あなたは卒業制作のことで頭が一杯で、しばらく彼と2人きりになったことが無かった。
ふと、心細さに、一緒に歩いて帰れたら、と、あなたは思った。
急いで後始末をし、オーバーを羽織った。部屋の電気を消して廊下に出ると、すでに彼の姿は無い。あなたより一足先に出たのだろう。
あなたは、追いつけると思い、階段を駆け下りて大学を出た。彼の姿が校門に見えた。追いつける、とあなたは考えた。
彼は、ふと振り向いて、あなたに気がつき、立ち止まって、あなたがおいつくのを待つだろう。
彼もさっき、あなたが残っていたことを知っているはずだ。
あなたは速足になり、ほとんど走っているようだった。
しかし、前を歩く彼は、さらに物凄い速さでスタスタと歩き、あなたは決して、彼に追いつけなかった。
彼の心変わりを知ってから、その時のことを思い出してみる。
彼は頑ななまでに、後ろを振り向かなかったし、先を急いでいた。
彼の後をひたすら追っていたあなたは、彼が自分に気づかなかったことにがっかりしながら、雪の中を一人歩いて帰った。

その雪の夜は、彼から別れの手紙を貰った時よりも、悲しかった。
あなたの雪に対する記憶はそこで止まってしまったかのように思える。
あなたは仕事をするために、その雪の良く降る町を出て、雪が少なく、冷たい空っ風の吹く海の町にやってきたのだ。
あなたはしばらく、自分の生まれた町を忘れた。
雪のあまり降らないからっからと乾いた町に妙に新鮮な親しみを覚えた。
日本海側の太陽の沈む海ばかり見てきた目には、太平洋側の太陽の昇る海を近くに持つこの町は、とてもパワーのある町に思えた。
恋を失ったためか、思うように創作できなかったためか、雪の良く降る生まれた町の印象は、湿度が高く、いつも不機嫌な灰色の空が頭上に低く垂れこめていた。
仕事のためと言う容赦ない西から東への移動はあなたの心の中にせいせいした晴れやかな空気を運んできた。
あなたは次第にこの未知の町が好きになったのだ。
この町では雪はスコップで片付けるほど降らない。
あなたは相変わらず、会議中だ。
話はほとんど聞いていない。小説を書くために自分の知っている雪を思い出してみて、思いのほかたくさんの雪を知っていることを発見し、驚いた。
その沢山の雪のほとんどが、過去の生まれた町のものだということも、あなたをはっとさせた。
あなたの身体の中には、いつでもあの町に降る雪があり、真夏に分厚いオーバーを着て雪の中を歩く想像をすることもできる。
会議の窓の外にある白くてかたい雪よりも、あなたの想像の中にあるさまざまな雪の方が、ずっと本当っぽいことが、不思議だった。
それは、あなたが、あの沢山、雪の降る町で生まれたからなのである。(了)

モヒよろ光ったら 👇
付録1(吉幾三の弥三郎節)
5:40からの弥三郎節が流石💛
吉幾三、たんげおもしぇはんで、津軽弁ば好ぎだば、全部見でけw
付録2(夜行館)
わげどぎ(若い時)だば、なんも会議だの聴いでねもんだねw
てへぺろ✧♡。
