002|島根・津和野で見た「鷺舞」が頭から離れない。
こんにちは。鮎の塩焼きです。
7月19日〜21日の3日間、島根県津和野町に行ってきました。今年の4月に一度訪れてからすっかりハマっちゃって、2度目の訪問です。
今回の目的は、毎年7月20日と27日に行われる神事芸能「鷺舞」。なかなか印象深いお祭りだったので、今日はそのレポートを書きます✍️
※神事は6/30の茅輪神事から始まりますが今回は20日だけのお話
鷺舞とは…

鷺舞は、弥栄神社祇園祭の渡御(20日)と還御(27日)に町内各所で舞われるもので、
京の祇園会(現在の祇園祭)から山口の祇園会に伝わったものを、1542年に領主・吉見正頼が津和野に移し入れました。
坂崎出羽守の時代に一時中絶しましたが、津和野藩第2代亀井茲政(これまさ)が1643年に京都祇園会に人を派遣し、同地の鷺舞を習得させ復活。今日まで受け継がれています。
今では「日本にただ一つ残る鷺舞」といわれ、国の重要無形民俗文化財であるほか、全国に残る「風流踊」のひとつとしてユネスコ世界無形文化遺産にも登録されています。
弥栄神社について

弥栄神社は1428年、吉見弘信が城の鬼門守護のために太鼓谷山上にあった滝本祇園社を現在地に遷したことに始まり、1528年には吉見正頼が京より改めて分霊を勧請したといいます。

めっちゃかわいい「子鷺踊り」

鷺舞の前に踊られるのが地元の小学生らによる「子鷺踊り」。体育館で二度、弥栄神社で一度踊るのですが、暑すぎるので冷房の効いた体育館で観ました。
とにかく、めっちゃかわいい。津和野で旅館やお店をやっている方のお子さんやお孫さんもいらっしゃるようで、仕事の合間を縫って見に訪れている方もチラホラ👀
鷺舞連中を迎える「二度半」

子鷺踊りを見終わって旅館で涼んでたら、目の前で「二度半」があるというので急いで玄関へ。地元の方曰く、裃を着た当屋が警固を連れて、鷺舞連中を迎えに行く茶番劇のようなものらしい。
二度半とは“二度”迎えにあがるも断られ、三度目のお願いにあがる際に、道の半ばでお互いが出会うことを指しているそうです。三顧の礼みたいなやりとりですね!

こうして合流した一行は当屋を先頭に、警固、鷺舞連中とともに当屋屋敷へと向かいます。当屋とはその年の祭の一切を世話する役。
おそらくかつては各家が当屋屋敷になってたでしょうが、現在は町民センターが当屋屋敷になっています。
町内を巡る鷺舞

16時から始まる鷺舞は、町民センターを出発し、弥栄神社へ。それから町内をぐるっと回って御旅所へ行き、再び町民センターへと戻ります。渡御の日は11か所、還御の日は9か所で舞われます。
酷暑で近年は開始が1時間繰り下がったと聞きましたが、それでもあまりに暑かったので今回は弥栄神社と旅館近くの高津屋、御旅所の3か所だけ見に行くことに。

鷺舞は舞方6人(鷺雌雄、棒振、羯鼓 各2人)、囃方8人(太鼓、鐘、鼓、笛 各2人)、唄方数人、頭屋2人、警固8人の構成。

行列には加わりませんが、子鷺鉾と大傘鉾の鉾もあります。

橋の上におりた 鳥はなん鳥
かわささぎの かわささぎの
ヤー かわささぎ
さぎが橋を渡した(橋わたいた?)
さぎが橋を渡した(橋わたいた?)
時雨の雨に ぬれとりとり
という唄に合わせて羽を振るわせたり広げたり、鷺の求愛行動を表す舞を踊ります。鷺の衣装は頭が約3kg、羽は約12kgあるそう。猛暑の中すごすぎる…!

あと、この歌。何か所で聴いてるうちに耳に残っちゃって、今でもメロディーが聴こえてきます。鼻歌で歌っちゃうし… クセになってますね笑

当屋制度(行事一切の世話役を持ち回りで請負う制度)しかり、沿道の家々から皆が顔出して行列を迎える様は、町の人が総出作り上げるお祭りという雰囲気で素敵でした。
鷺舞当日の未明(2時〜3時ごろ)に祭の始まりを知らせる「ふれ太鼓」が聞こえていたそうですが、ちゃんと爆睡してました。来年は聴きたい...🥲
