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【はじめてのnote】 自己紹介 | 30代 | 休職中 | 適応障害 | レールを踏み外して

はじめまして。休職アザラシと申します。
この記事を開いてくださりありがとうございます。
このnoteでは、東大を出て人生のレールに乗っていたつもりのアザラシが適応障害となり休職に至るまでの経緯と、休職中に考えていること・取り組んでいることを記録していきます。
何もできない日々の中、わずかな寛解の光へのキッカケに、思考と行動の記録をエッセイ風に発信していきます。

自己紹介 適応障害の休職と、次のレールを探す旅

私は33歳です。
東大、そして大学院を卒業し、いわゆる大手企業と言われるような会社にいました。
就職して8年目、結婚もして、所属部署でも中堅的立ち位置になりかけ、このまま人生のレールをゆっくりと乗っていくものと思っていました。

そんなところで今までの積み重ねからか「適応障害と診断→休職」となり、無事にレールを踏み外す運びとなりました。
休職して1ヶ月、まだまだ元通りの生活には程遠い生活を送っていますが、何かのきっかけにと、このnoteを綴っていきます。

休職に至るまで

社会人になって8年目。プロジェクトでも中核的立ち位置となり、プロジェクトの統括・後輩指導・自身の業務の推進に追われる毎日となりました。
そんな中、とあるプロジェクトにアサインされるのですが、このプロジェクトリーダーがまさにパワーの権化。
私の説明が足りない部分に激昂し、顔を真っ赤にしながら怒声を浴びせ、机を叩かれる日々。

ただ数ヶ月は耐えられました。
リーダーの分かるように説明を工夫し、休日問わず業務を進めなんとか耐え忍んでいました。

しかし心は徐々に疲弊していくもの。
「なぜ私はこんなに頑張っているのだろう」
「頑張ったところで年収が倍になるわけでもない」
「同僚はもっと少ない業務量で同じ給料を貰っているじゃないか」
「たくさんのプロジェクトがあるが関連は薄く、専門性向上には繋がらない仕事ばかりだ」
「でもここで耐えきれないと今まで積み上げてきたものが崩れる…」
「家族もいるのに…」

結果、とある朝、PCを開くも何も手が動かない。涙だけが流れ、動けない。

この様子を見ていた妻が、「もう休んでいい。病院へ行こう。」と声をかけてくれました。
この時もまだ、「ズル休みをしてしまった。会社に迷惑をかける。」と自責の念から涙が止まりませんでした。
心療内科を受診し適応障害の診断。その後休職し今に至ります。

いまの状態と、このnoteの目的

休職中の1日には、波があります。
調子の良い時は今後のキャリアのこと、やりたいことなど考えが溢れることもありますが、気持ちが沈んで何も進まないこともあります。
そんな、美しくない日々を送っていますが、あえて綺麗に整ってからではなく、途中の状態のまま記録していき、自分の状態の観察と、同じような境遇の方へのほんの少しの励みにと綴っていきます。

このnoteは成功体験をお示しするものではありません。ただの思考と行動の記録です。
可能な限り感情だけでまとめず、できるだけ「起きたこと/考えたこと/次に試すこと」を分けて書いていければと思います。

今後やりたいこと

まだまだ何か生産的な活動・今後のスキルにつながることをできる状態ではありませんが、徐々に挑戦したいと考えていることは次の4つです。

  • iPhoneアプリの個人開発(未経験ですが時間だけ人よりもあります)

  • 英語の勉強(お受験力でTOEICだけ高スコアですが喋れません)

  • 退職して転職活動(次の環境探し)

徐々にではありますが、休職というせっかく出来たこの時間を「空白」で終わらせず、なんらかのアクションができるようになるといいなと思っています。


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