サントリー美術館「酒呑童子ビギンズ」で日本文化の奥深さに魅せられた話~東京ミッドタウンと明治神宮にも行きました
こんにちは、水無瀬あずさです。アッという間に6月に入り、つい先日2025年になったばっかりだった気がするのに驚きを隠せない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
新しい月になったので、先月の振り返りのnoteを書かなくちゃなあとか、共同マガジン「給湯室」のお題の記事も書きたいなあとか、いい加減ポケモン自己紹介の記事を書きたいなあとか、noteだけでもやりたいことは山積しているわけですが、久しぶりにインテリジェンスあふれる休日を過ごしましたので、今日はそのことをどうしても書きたいと思います。そう、どうしても!
というのも本日、東京ミッドタウン内にあるサントリー美術館で開催されている企画展「酒呑童子ビギンズ」に行ってきたのであります。会期が4月29日(火・祝)~6月15日(日)と短く、何かと予定が詰まりがちなので行けるかどうか不安でしたが、何とか間に合ってとても嬉しい!ちなみに長男氏は高校の中間テスト前につき家で勉強、次男くんは夫の実家(八王子)に遊びに行っていて留守だったため、夫と水入らずで出かけてまいりました。最近は夫婦で出かける機会が増えたなあ。
私は大学時代に日本史学を専攻しており、妖怪や陰陽道といった不可思議なことが大好きでした。ホラゲーとかは全然できないけど、歴史で出てくる物怪や怪異はファンタジーだから怖くないのです。むしろ物怪ってかわいく描かれていることが多いから好き。だいぶ処分してしまったけど、今でも大切に残してあるソレ系のガチ本たちを見てください・・・年季が入っているでしょう。

そんな物怪好きの私なので、「酒呑童子ビギンズ」なんて絶対見たいじゃないですか。だって日本でも有数の鬼伝説、あの酒呑童子ですよ。史上最大のゴーストバスターは安倍晴明ですが、鬼退治のヒーローとして昔から熱狂の渦にあった(かもしれない)源頼光と四天王が繰り広げる勧善懲悪すぎるほどの鬼伝説。重要文化財にも指定されている原本、絶対ナマで見たーい!ということで、行ってきた次第です。
「酒呑童子ビギンズ」が開催されたサントリー美術館は、その名の通り、あのサントリーが企画・展示している美術館です。1961年に開館、今の場所に移転したのは2007年。改修工事を経て2020年にリニューアルオープンし、その際のデザイン監修は隈研吾氏とのことです(参照:Wikipedia)。初めて行きましたが、館内は落ち着いた木造の造りになっていて、ゆったりとした気持ちで作品を鑑賞できました。
ということで今回のnoteは、サントリー美術館「酒呑童子ビギンズ」の魅力について語りつくしたいと思います。作品紹介はもちろん、個人的に感じたことをまとめました。あと、そのあとで東京ミッドタウンと明治神宮にも行ってきたので、その辺の報告もついでに。夕方までの時間があっという間の充実した一日の記録、ぜひお楽しみください!
サントリー美術館「酒呑童子ビギンズ」とは
「酒呑童子ビギンズ」は、東京ミッドタウン3階にあるサントリー美術館にて、2025年4月29日(火・祝)~6月15日(日)の期間に開催されている企画展です。

源頼光が酒呑童子の首に頭(兜)を嚙まれているところ

サントリー美術館が所蔵している「酒呑童子絵巻」は、1522年に小田原の北条氏綱からの依頼によって制作が始まり、絵を狩野派2代目の狩野元信によって描かれている全3巻の絵巻物です。
狩野派って「歴史でやったわ~」って何となく思い出される方が多いと思いますが、江戸時代に唐獅子図屏風とか風神雷神図屏風とかを書いたことで知られる有名な絵の流派ですね。幕府や要人の御用絵師として、室町期から江戸期まで長い期間で活躍しました。「酒呑童子絵巻」を描いた元信はその2代目で、狩野派の特徴的な土台部分を築いたことで知られているんだとか。
その「酒呑童子絵巻」、あらすじは次の通り。
一条天皇の御代(※中宮に彰子=紫式部の上司、定子=清少納言の上司、を持つ天皇。藤原道長の時代)、都で美しい娘たちが次々と行方不明になる事件が発生。陰陽師安倍晴明に占わせたところ、都の北にある伊吹山に棲む鬼の仕業であると言います。これを受け、武家の棟梁である源頼光に鬼退治の命が下りました。
勅命を受けた源頼光は、お供に四天王(渡辺綱:わたなべのつな・坂田金時:さかたのきんとき・碓井貞光:うすいのさだみつ・卜部季武:うらべのすえたけ)を連れて伊吹山へ向かいます。途中、道がない険しい山々が続きますが、3人の謎の旅人たちが道を案内してくれて、鬼を倒すための毒酒と、鬼の神通力を防ぐ帽子を授かります。実はこの3人、石清水八幡・住吉・熊野の化身(※いずれも神が宿る神聖な土地)であると言い残し、姿を消しました。
いよいよ鬼の城に到着した一行は大勢の鬼たちと対峙。しかし報告を受けた酒呑童子は、鬼たちに「男の肉は硬くて美味しいらしいが、怖がらせて痩せられても困るので、機嫌を取れ」と命じ、人間の足の肉と人の血で一行をもてなします。頼光は驚きつつも平然と食べて見せました(すごい)。
宴もたけなわ、今度は頼光が持参したお酒を酒呑童子に勧めます。例の神の化身3人組からもらった毒酒です。酒呑童子は酔いつぶれて部屋へ下がりますが、鬼たちに続けて頼光たちをもてなすよう指示。鬼たちにも毒酒をふるまうと、鬼たちは狂乱して逃げ出したり酔いつぶれたりしてしまいました。そのすきに頼光たちは酒呑童子の寝所へ向かいます。
酒呑童子の寝所へ着いたものの、重い鉄の扉があって開きません。そこへ例の神の化身3人組が現れて扉を開けてくれて、さらに頼光たちに鉄の縄を渡してくれました。いわく「これで童子の手足を縛り、そのすきに首を討ちなさい」とのこと。
言われた通りに酒呑童子を鉄の縄で縛り、首を討ちとると、その首は頼光の頭に喰らいつきました!(メインビジュアルのシーン)頼光の兜は砕け散りましたが、その下に例の神3人組から授かった帽子をかぶっていたため、一命をとりとめます。その勢いで残りの鬼たちもすべて打ち取り、一行はさらわれていた娘たちとともに見事、凱旋帰京したのでありました。
サントリー美術館所蔵の「酒呑童子絵巻」のあらすじはここまでなのですが、この鬼退治エピソードがおそらく人気を博したからでしょう、江戸時代になると酒呑童子の「エピソード・ゼロ」と呼ばれるような追加ストーリーが生まれました。今でいう二次創作ですね。すなわち、酒呑童子の起源は神話の時代にまで遡り、かつてスサノオノミコトによって退治されたヤマタノオロチの魂が神となり、その息子として生まれたのが酒呑童子だというのです。ぶっ飛びすぎィ!
今回の「酒呑童子ビギンズ」では、遥か遠く、ドイツのライプツィヒ・グラッシー民族博物館に渡った住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(通称ライプツィヒ本)に描かれるエピソードゼロについても紹介されており、酒呑童子が室町期から江戸期の世の中でどのような存在だったかを紐解く重要な文献ということで注目されています。
「酒呑童子ビギンズ」を見て感じたこと
あらすじやらエピソードゼロをご紹介したところで、私が実際に「酒呑童子絵巻」を見て感じたことをまとめていきます。
「ビギンズ」部分の蛇足感は否めない
ご紹介した通り、後世になって「退治された鬼側にもいろいろと辛いことがあったんだよ」的な追加エピソードが追加されていきます。人気のエピソードの内容を肉付けすることでさらに面白くしたかったんだろうなあということは容易に想像は付くものの、正直蛇足感が否めないというか。要る?それ!?って思いながら見ていました。

ヤマタノオロチに食べられそうになっていたイナダヒメ(神話では「クシナダヒメ」が一般的)を救ったのは、日本神話でもおなじみスサノオノミコト。天孫降臨でおなじみのアマテラスの弟ですが、乱暴すぎて神の国(高天原)を追い出されたところでヤマタノオロチを倒し、クシナダヒメを妻とします。スサノオに倒されたヤマタノオロチの魂は伊吹山に移ってもなお怒りが静まらず、伊吹明神として祀ることで災いがなくなったそう。
時は過ぎ、近江須川の郡司の娘「玉姫」は非常に美しく、いつか天皇家に嫁ぐくらいと言われていたものの、いつしか見知らぬ貴族風の男が通うようになり、気づけば子を宿していました。玉姫や女房に問い詰めても男の正体は分からず、郡司の体調はみるみる悪化。巫女に占わせてみると、伊吹明神の怪異であると言います。郡司の妻が伊吹明神を参詣すると、実は男の正体はヤマタノオロチで、かつて恋したイナダヒメに玉姫が似ていたから好きになっちゃったという。超迷惑。挙句の果てに、「生まれる子どもを郡司のところで面倒見てくれたら体調も治るよ」って言われたとかで、蛇クソすぎる。
この生まれてきた子どもこそ伊吹童子=酒呑童子だったということで、なんかもうね。「あ、そう・・・」みたいな、ウソみたいなホントの話!?みたいなエピソードになっているのが印象的でした。
今でも映画とかで超ヒット作が生まれて、人気にあやかって続編が作られたものの「これ続編要る?前作だけで完結しておいたほうが良かったんと違う?」っての、割とあるあるじゃないですかね。今も昔も、人間の本質ってあまり変わらないんだなと思ったなど。
神の化身3人組の登場タイミングが都合良すぎ
あらすじを書いてた時もつくづく思ったのですが、道中いちいち助けてくれる神の化身の3人組が、なんかもう都合がよすぎるというか、そこまでお膳立てしてくれるんなら自分で酒呑童子退治までやったらええやん?と思うわけですよ。

やっぱあれかな、神の化身だから穢れがダメだから、自分の手は汚したくないとかそういうことなんですかね。酒呑童子の首に頭を噛まれることを予測したかのように帽子をプレゼントしてくれたり、酒呑童子を動けなくする鉄の鎖を渡してくるくらいなんだから、何かもう全部先読みできてるんじゃないのん?とすごい思ってしまいました。
ってか、ストーリー進行上の予定調和要員だっただけなのかもしれん。
酒呑童子はモテたかったのかな
サントリー本で頼光たちの前に姿を現した酒呑童子は、身の丈は3メートルほどもありつつ「容顔美麗」と表現されています。英語ではbeautiful、つまりイケメンだったということ。

でも酒呑童子の実際の姿は、まあ普通に鬼なんですよね。でかい鬼。

酒呑童子は若い娘を次々とさらっていたようですが、単に食べるだけだったら別に見た目とか気にしなくていいはずなんですよ。それをわざわざイケメンに変身するってのは、つまりそういうことだよね?若い娘さんたちに、少しでもイケメンって言われたかったってことなんじゃないの?と思ったりして。
まあ頼光に対しても「怖がらせると美味しくなくなる」みたいなことを言っているので、怖がらせず美味しく食べるための戦略だったのかもしれないけどね。でもだったら別にイケメンである必要はなかった気がするから、やっぱなんか酒呑童子も実は女子にモテたい、韓流スターみたいにキャーキャー言われたい的な下心があったんじゃなかろうかと、貴重な文化財を前に下世話なことを考えてニヤニヤしていた私でした。
四天王の色分けは「推し」文化の起源かも
源頼光に付き従った四天王は、絵巻物ではそれぞれ色に分けて描かれています。渡辺綱が茶色、坂田金時が青、碓井貞光が黄色、卜部季武が水色。

登場人物が多いと「これって誰だっけ?」と悩みそうだけど、色に分けてもらえると「これは綱だな」とか判別しやすくて大変にわかりやすくて助かりますね。色を見ただけで誰か思い浮かべやすいので、自分の「推し」武将を探すときに役立ちそうだなと思いました。
でも考えてみれば、昨今の「推し」文化にも「推し色」ってありますよね。メンバーそれぞれの担当色をこっそり取り入れたコーディネイトとかは、ファン同士の間の言葉にしなくても通じるメッセージのような役割を担っているんだとか。非常に興味深いことです。
そういうのを考えてみれば、遥か昔の室町時代から実は「推し色」的な発想が実はあって、酒呑童子の鬼退治伝説を愛するファンから「〇〇様ステキー!」みたいなノリで親しまれていたのかもしれない。意外と日本人のマインドって、昔から変わっていないのかもしれないですよね。
結局「鬼」は実在したのか?
「酒呑童子ビギンズ」の展示の後半では、この鬼退治伝説は実は政治的なプロパガンダという一面もあるということが明かされています。室町時代、つまり足利将軍の時代に、源氏の武将・頼光が、鬼=皆を困らせる悪い存在を倒すヒーローとして描かれる。足利氏は源氏の一族なので、これはつまり、将軍家を礼賛する内容とも受け取ることができ、つまり将軍家の権威の正当性を示しているともいえるわけですね。
そういう背景を見たときに、では果たして本当に鬼なんて居たんかいなというそもそも論になってきます。酒呑童子って本当に鬼だったのか。
今のように科学技術が発展していなかった当時、人々は自分たちの理解の範囲の及ばないことはすべて「物怪」や「鬼」として解釈する傾向がありました。闇の中で蠢くわけのわからないものはすべて怪異。感染症を含めた病気ですら、物怪として解釈されます。
江戸時代のコレラは有名ですね。あまりにも恐ろしいほどのスピードで死に追いやる病気は物怪と解釈され、虎・狼・狸の合体した姿として描かれています。
「酒呑童子絵巻」に登場する鬼たちも、一般的な人々にとっては理解できないはぐれもの、つまり「普通」という社会の輪からはみ出してしまった行き場のない人たちの総称だったのではないかと考えられます。現代社会のように「多様性」という考え方がなく、同調圧力によって近隣が支配されていたであろう時代に、枠からはみ出てしまった人たちの扱いとして行きつく先が「鬼」「物怪」「怪異」だったと。そして、源氏がそうした異質な存在を「排除」することによって、社会を平穏に導いた。素晴らしい、彼こそがヒーローだ!と解釈できるわけですね。なかなかに凄惨な討ち取られ方をしている描写も、悪者だから仕方ないってことね。

そう考えると、生きづらさを感じていた気の毒な人たちが、今いる場所さえ追いやられ、これからどう生きるべきかと嘆き苦しんでいる――そういう物語であるという側面もあるってことです。何だかずいぶんと雰囲気が変わってきますね。
「生きづらさ」は現代日本におけるある種のキーワードだと思っていましたが、今回の「酒呑童子ビギンズ」を見て、でもそれって別に現代に限らずずっと昔からあったのかもしれないと考えるようになりました。それこそ日本がムラ社会としてスタートしてからずっと、実は一定数の人たちが集団生活における同調圧力的なものにどこかしらの「生きづらさ」を感じていて、鬼や物怪の物語は、そういうのが見える形で描かれたものなのかもしれません。
まあ解釈は人それぞれですが、これを読んだ皆さんはどう考えますか?
脈々と受け継がれし日本人の二次創作意欲
源頼光と四天王の伝説は、もともとは御伽草子として広く民衆に親しまれた物語であり、それをもとに絵巻物として完成されたものです。それがだんだん時代が下るにつれていろいろな尾ひれがつき、サイドストーリーが生まれ、エピソードゼロまで追加され、能をはじめとした別の文化へ受け継がれ、はたまたパロディ化され、最終的には女体化されたりもしちゃうので、本当に日本人の創作スケールのでかさには驚かされるばかりです。
だってもともと完成された作品があるのに、そこにわざわざ手を加えて独自性を出しちゃったらもう別の作品じゃんって感じなんだけど、そういうのを物怖じもせずにこなしちゃうのが素晴らしい。同人誌をはじめとする二次創作はクールジャパンの素晴らしい文化だと思っていますが、そういうのって実は昔からだったんだなあというのをしみじみと感じました。
あと絵巻物が時代を経るにつれてだんだん小さくなっていくっていうのも展示で見て、「ハードカバーが重くて邪魔になったから単行本や文庫本が出てきたってことやな・・・」と思ったら、それまた今に通じる発想だなあと思って面白かった。日本人は本当に、昔から日本人だったんですね。
おまけ:東京ミッドタウンで買い物して明治神宮で御朱印をいただく
サントリー美術館は東京ミッドタウン内にあるので、「酒呑童子ビギンズ」を鑑賞してから、せっかくなので東京ミッドタウンを散策。来週に長男氏高校PTAの集まりがあるので、そこに持っていけるようなおしゃれなお菓子をついでに探しに行きました。
ミッドタウンは子どもたちがまだ小さい頃に家族で行ったはずだけど、当然ながらゆっくりお店を見て回ることなんてできなかったから、なんか初めてじっくり各フロアを見た気分。とはいえ一番じっくり入ったお店はユニクロなわけですが。まあ全体的に敷居が高すぎてお呼びでない感は満載でしたが、頑張って夫婦二馬力で稼ぐようになってもまだまだ上には上がいるなあという事実を目の当たりにする良い機会になりました。まだまだお仕事がんばろう・・・!
買い物をしていたらお昼時になったので、ミッドタウン内の名古屋コーチンのお店でパパっとランチ。ふわとろの卵がとってもおいしくて大満足でした。

お買い物もそこそこに移動。あ、今回はミッドタウンに車で行ったのですが、夫がユニクロでガッツリ買い物をしてくれたので駐車場代は無料でした!ありがとうユニクロ!!
せっかくだからどこかの寺社に行って御朱印をもらって来ようということになり、かねてから御朱印が欲しかった明治神宮へ。
あまり知られていないのかもしれませんが、明治神宮にはそこそこ広い駐車場があります。そして無料です。もう一度言います、あの都内の一等地にあるのに、駐車場が無料なのです。そして意外と空いている。これはもう車で行くっきゃないよね!ということで。行ってきました~!

ちょうど結婚式をやっていて、羽織袴の新郎さんと白無垢の新婦さんの周りには人だかりができていました。あんな頃があったよねえと懐かしい気持ちになりながら、彼らの未来が明るいものになるよう願いました。
御朱印もきっちりいただきました。意外と外人さんが多くてビックリ。確かにスタンプラリーの感覚でできるから面白いのかもね。

結び|物怪は日本史のロマン!
日本で最も有名な鬼・酒呑童子から日本史における物怪や怪異、はたまた国民性にまで思いをはせつつ、日本でもっとも有名なショッピングモール東京ミッドタウンでお買い物したり、日本の伝統ある明治神宮に参拝したりと、終始「日本」を感じられる充実した一日になりました。たまにこうやって非日常の体験をするのは本当にいい刺激になります。今後も定期的にいろんなところへお出かけしたいと思いました。
あとやっぱり物怪は日本史における最大のロマンだと思うのですよ。実在しなかったのかもしれないけど、あんなユニークな描かれ方をする物怪という存在は、ある種パロディ大国ニッポンにおける重要な財産です。こんな彩り豊かな国に生まれて良かった。これからもたくさんの物怪たちに出会いたいなあと思いつつ、本日の日記を締めたいと思います。また長くなっちった・・・最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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