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ガール、ウーマン、ワイフ、ママ、ママ、ママ。

ママ。ママ。ママ。 私はママである。母である。女である。社会人である、人間である。 アイデンティティとして、義務として、ある意味で責任とリスクの押し付けられた暴力の被害者として、ママである。そしてこの世にママが存在しない人間などいない。

1Rの狭い高級マンションのトイレで、人は絶望と困惑が同時に起こる時に微かに笑うのだと知った。検査薬に血の色が2本並んでいる。雪の降る日だった、やはりとも思った。女の「予感」というのは、やはり人間離れした能力である。 口角を戻し、その検査薬をスマホで撮る。送る。 「馬鹿が。」と全てに吐いた。

ママ、ママ。ママ。まだ人生ですらままならない私に、母にすらまだ愛を渇望している私に。 選択の余地が私に無いという事すらまだその時には予測出来なかった。 今、ママになった私は思う。 女という妖は、ガール、ウーマン、ワイフ、ママ、を経てそれからママの枠から外れる事が無くその他の枠が急激に外れていく脆く儚く犠牲的なものだと。そう言ったら誰かが怒るだろうか。 「中絶をしてください」 耳を疑った。彼の母と父からだった。 私だけの体では無い事は分かる。 しかし、私の人生である。 めでたい席と勘違いした私の一家は マリオットホテルの18階で目の前にある伊勢海老の目をして冷えた。 ママ、ママ、ママ。 シングルマザーの母を見た。 時すらも解決出来ない問題ってのは人生に存在することを良く知っている。ただ、自己コントロールのきかないタイムオーバーという名の未解決の可能性は若い私には処理出来なかった。 薄いぺらぺらの腹が日毎に歪に育っていく、実家の押入れの奥底に新品の菫色の小さな小さなドレスがあった。震える手で畳み戻す。不安と悪阻が酷くなってきた頃だ。

あらゆる角度からの選択と責任を一挙に引き受けた私の間に入る人はいなかった。彼は親の近くで木になってしまった。これまで舵を切っていた舟の帆が千々になり桜の花びらになり春が来たことを知る。決断出来なかった、覚悟すらする間もなく崩れるように散る花をむくむ足が避けた。 病院へ通う度、モノクロの分度器のようなエコー写真上に光る星が人になるのをじっと見つめる。消えそうな星だったから、アルバムに閉じるね。 「子供は勝手に育つ」嘘である。 勝手に育ったかのように時が過ぎているだけである。桃の産毛が逆立つような夏の日に業務スーパーの特売ではち切れそうな実を見て、苦しいねと呟きながら私が熟れた。買ってきた桃をテーブルに置き、数日経てど腐らない。 小さなフルーツナイフで切るとあっという間に醜く朽ち果て皺だらけになった。 女が老いていく恐怖を桃を犠牲に予行練習したのだ。薄気味悪い笑みと共に涙が数滴垂れた。マタニティのワンピースは皺ひとつ無い。息をするのも苦しい。

腐り終えた桃がゴミ収集車に運ばれる頃、私は淡々と入院の手続きをしていた。破水したからだ。苦しみが漏れるようだった。長い夜だった。 分娩室は百合色で彼が来たことにも気付けない程柔らかい床。朝、ふらつきながら中身のない醜い腹がまだ弛むのを気にして病室へ向かった。ドラマとは違う、弱々しい生命の火を人生を目の当たりにして恐怖で震える。ママ、ママ、ママ。

透明なコットをベッドの横に置かれた。 綺麗な顔だった。良かったと思う。 オレンジ色のか弱い炎。 こんにちは、と心の中で呟いてみた。 変な気持ちだった。毎分毎秒、息をしているか確かめてこの頃から夜はあまり眠れなかった。

子育ては分からない事ばかりで怖くて可愛くて。更に調停を控えていた。30分5,000円の弁護士事務所に通いながら働きながら私分かんなくなってお母さんに言った「もう、人生どうすればいいの?」って。お母さんは「自分の人生でしょう?甘えないで」ととても優しい優しい口調で言った。ママ、ママ、ママ。

調停室は暗く、冷たい所だった。異様な空気に異様な気配。弁護士と疲れ切った初老の男。一点をただ見つめるなんとなく気怠そうな三十代であろう女。そして、当時はコロナ禍であったから相手の裁判所に伺う必要がなく電話での調停となった。子供と待つ調停室、冷えて震える手が暖かい小さな貝殻みたいな手と重なる。涙をぐっとこらえる。歯を食い縛るとき、歯の欠けた音がした。

喃語を喋るようになり、私はバリバリ働くようになった。搾乳をしながら働く辛さは誰かに分かって貰えるだろうか。いや分からなくっていいんだ。私はすっかりママになっていた、一人称もママだった。フリーランスで良かったと思った。良くないとも思い悩んで、人生に、女である事に苦しくなって泣いた夜も星の数。ついに初めて子供が私に向かって「ママ!」と喋った。

ママ、ママ、ママ。まんま。ママ。ママ。 ママ、ママ、お母さん。 ママにならないで!と言わんばかりの男らに抱かれて。 ママ、ママ、ママ、我儘ばかりの世界でね。 ママ!

「はぁい」 と返事する。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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