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革命と戦争の中で自由を求める:スーダンのアナキスト゠グループの紹介

原文:https://www.blackrosefed.org/intro-anarchist-group-sudan/
原文掲載日:2025年10月30日

2024年、ブラックローズ/ローサネグラ連盟(BRRN)の国際関係委員会はスーダンのアナキスト革命家と緊密に協力し始めた。この関係には、思想の交換・実践的助言・支援が含まれている。

2025年初頭、ブラックローズ/ローサネグラはスーダンの同志達のために2万米ドルの資金を集めるキャンペーンを立ち上げ、同志達はその資金で印刷機を購入した。

本記事は、スーダンの同志達の助言を受けて作成されたもので、現在「スーダンのアナキスト゠グループ」(AGS)として知られる組織がどのように誕生したのか説明する。


モーガン゠P著

スーダンの革命は21世紀に噴出した大きな革命的うねりの1つだった。これまでの大革命の殆どがそうだったように、少なくとも現時点では、流血と独裁によって抑え込まれている。しかしまた、全ての大革命と同じように、新しく重要な政治的イデオロギーと政治的傾向が錬成される坩堝でもあった。

アナキズムはアフリカにとって新しいものではないが、世界の多くの場所と同様、単なる知的伝統やライフスタイルを超え、実質を伴う戦略的提言を持つ生きた運動になろうと奮闘している。スーダンのアナキスト達は、スーダン革命を推進した社会運動に全面的に身を投じながら、同時に自らの正式な政治組織を成長させることで、自国内の階級闘争に真の意義を与える革命的実践を築きつつある。彼等の情況は米国とは全く違うが、彼等が革命闘争の過程で経験したことや現在の内戦と厳しい弾圧の下で生き延びる上で経験したことから、私達は尚も貴重な教訓を学ぶことができる。

スーダンでは、2018年12月の大規模な街頭抗議行動が勃発する以前から既に、オマル゠アル‐バシール独裁政権と彼の統治下で国民が直面した壊滅的な経済状況への反対運動が湧き起っていた。学生と労働者の抗議行動が相次いで噴出する中、若い学生活動家達は、自分達が直面している多くの障害物を克服する助けとなるイデオロギーを模索し始めた。「スーダンのアナキスト゠グループ」(AGS)の創設メンバー数人がアナキズムと初めて出会ったのは、まさにこの時期だった。そして彼等は2017年4月に5人の同志からなる小さなグループとして組織を立ち上げた。

AGSは当初、小規模な学生組織だった。そして、スーダンの複数の大学に拠点を築く活動に注力し始めた。彼等は秘密裏に組織を作り、国家の目が比較的緩い、小規模で目立たないキャンパスに焦点を当てた。スーダンの反体制運動の文脈では、秘密主義は広く行われる実践だった。AGS自身は戦略的に権力との直接衝突を避け、その代わりにメンバーは広範な大衆闘争の空間、とりわけ学生自治会に深く関わろうとした。失敗し、形骸化した過去の政治イデオロギーの代案を模索していた多くの若い活動家と接触するようになるに連れ、グループの影響力は拡大していった。

組織が成長するに連れ、革命を推進する特定の階級層を代表する著名な組織「スーダン専門職協会」を通じて、弁護士やエンジニアなどの専門職を惹き付けるようになった。AGSは積極的にメンバー募集を行い、多くの大学へと広がり、学生自治会連合の中で影響力を獲得していった。組織の成長に伴い、彼等は「スーダン゠アナキスト連盟」という名称を用いた。彼等の声明の多くはオンライン上で読める。しかし最終的には、「連盟」ではなく「グループ」という呼称を使うようになった。単一の統一組織として運営していたためである。

AGSの設立と初期の成長は2018年12月に勃発したスーダン革命と時を同じくして進行していた。この革命を担ったのは、労働組合・学生自治会・女性組織・地区を拠点とする抵抗委員会などの草の根社会運動だった。

2019年にオマル゠アル‐バシール政権の崩壊を祝う抗議者達。

抵抗委員会は特筆に値する。2011年のシリア革命に見られた地域調整委員会と同様、スーダンの抵抗委員会は本質的に近隣住民が抗議行動と革命プロセスに参加すべく自主的に組織した小グループである。数百の地区委員会がネットワークを作り、アル‐バシール打倒運動の基盤を形成した。私達はそこに民衆権力の古典的実践例を見ている。地区住民が国家権力に立ち向かうと同時に、自分達の地区を管理し始め、国家に代わり得る自主管理型組織構造を創り出し始めたのだ。

AGSは引き続き地下組織だったが、革命の最初の数カ月、抵抗委員会と学生組織の中で積極的に活動した。メンバーは自身をアナキストと公表せずに、アナキズムの立場を貫き、様々なグループの方向性に影響を与えることができた。街頭での大規模な衝突だけでなく、こうした大衆による自主組織化の進行過程にも参加することで、アナキズムは単なる思想から生きた戦略的実践になった。彼等はアナキズムを、部族的に・文化的に・軍事的に・宗教的にスーダン人を抑圧するあらゆる権威主義勢力と闘いながら社会闘争--これら全てに対抗し、自由と個人の権利を求める包括的闘争--に関わる実践的方法と見なしたのである。

スーダンのアナキストが提案した戦略は、複雑な社会危機に対処する上で先例のないものです。部族支配や民族に基づく人種差別といった、草の根レベルの小さな権力構造さえも拒否するという原則は、スーダン社会の権力構造を解体する上で核心をなしています。これは、個人的・社会的結果に心理的影響をもたらし、既成権威との直接対決を引き起こす可能性があります。そうだとしても、私達は信じています。自由は不可分であり、あらゆる個人が自由になるべきだと。制度的権力の外にいる人であろうと、自分自身の行動に権力が潜んでいようと。権威とは、暴力を独占し、他者の自由を奪いたいという個人の願望に根差す社会的行動なのです。

BRRNメンバーとの対話でのAGSメンバーの発言(2025年9月)

抵抗委員会の中で、AGSはアナキズム活動を調整し、より反権威主義的な方向へ委員会を前進させた。抵抗委員会は、多くの点で、既存のスーダン社会の有機的表現だった。政府が民衆の生存のために何も行わない国で、こうした委員会は生存に必要な連帯と相互扶助の基本的構成要素だった。これが民衆に力を与えた一方、それはまた、民衆が組織的権力と国家に挑戦する展望を持つためには多くの活動が必要だということも意味していた。例えば、AGSは多くの委員会の性質を拡張し、もともとは選ばれたメンバーと会長・副会長などの限定的なグループだったものを、地域住民全員が参加できるものに転換したのである。

2021年にアブドゥルファッターハ゠アル‐ブルハーン将軍が始めた軍事クーデター後、治安部隊と衝突する抗議者達。

実際の組織化活動と並行して、AGSは「思想サークル」組織も立ち上げ、アナキズム思想を論じ、アナキストの文書をアラビア語で読めるようにした。彼等は少額の会費を使い、アナキズムのパンフレットを印刷し、大学でのイベントを企画した。

スーダンの社会運動は2019年4月にアル‐バシールの打倒に成功したが、軍が政権を掌握し、闘争は深刻化した。2019年6月3日、政府軍はハルツームでの座り込みデモの虐殺を実行し、100人以上を殺害、70人以上をレイプした。これは当時、多数の抗議者と同志達が国家部隊に殺害された数々の虐殺の中でも最大のものだった。6月3日のハルツーム虐殺に対して、労働者はゼネストで応じ、国を麻痺させ、軍の指導部を交渉の席につかせた。国が危機に瀕し、抵抗委員会が地域を掌握する情況の中で、6月30日にハルツームで行われた大規模なデモ行進の最中、AGSは初めてその存在を公にした。

予想されたことだが、彼等が自らをアナキスト組織だと公にした後、大きな反発に直面した。しかし、彼等は学生自治会と抵抗委員会に深く関わり、学生仲間と隣人達から筋の通った考えを持つ献身的同志として知られていたため、多くの新しいメンバーを獲得できた。多くの若者は、いわゆる指導者--独裁政権を支えた「民族解放」国家共産主義者を含む--が示した偽りの選択に幻滅し、自由を貫くアナキストの原則的立場に惹き付けられたのである。

しかし、スーダンのアナキズムが長期にわたって自由に成長することはできなかった。大衆蜂起は、2019年7月の軍事独裁政権を排除するという歴史的勝利を収め、その結果、妥協に基づく軍民暫定政権が発足した。しかし、これはそもそも不安定な解決策だった。軍と「即応支援部隊」(RSF)は協力して2021年10月に反革命を主導し、苛烈な独裁政権を復活させた(原註)。これも不安定な解決策だった。RSFとスーダン国軍(SAF)は権力闘争の末に決裂し、2023年4月には内戦を開始した。それ以来、スーダン全土に広がる悲劇は余りに深刻で、余りに多く、ここで詳しく説明できないほどである。

重武装した即応支援部隊(RSF)のメンバー。

内戦は、英国の植民地主義の遺産と地元の支配の歴史双方に深く根差している。同時にそれは、黒人に対する大量虐殺の企てに抗して黒人の生存を掛けた戦争でもある。スーダンの支配勢力、特にRSFはアラブ至上主義者であり、肌の黒いスーダンの民族集団を支配し、その土地から民族浄化しようとしている。スーダンの同志達の報告によれば、スーダンでは黒人に対する奴隷制が今も行われており、そのため、彼等は現在の闘争を人種的権威主義からの解放を目指すものと見なしている。

革命運動が軍事権力の復帰に抗して苦しい闘いを続ける中、この時期には多くの殉難者が出ている。そこには、アル‐ファシールの医師オマル゠ハバシュ、ハルツームの指導的活動家サラといったアナキスト同志達も含まれている。同志達は、どこにいようと常に投獄の脅威に曝されている。普通、投獄されれば1カ月以内に死ぬのだ。こうした犠牲に直面しても、AGSは私心なく決意を持って闘争を続けると誓っている。武装衝突が拡大する中、アナキスト同志達の間に2つの一般的方針が見られた。1つは、RSFとスーダン国軍の復讐から民衆を守るべく独立抵抗民兵団を作って戦うこと。もう1つは、草の根で思想を広め、組織を作り、運動を成長させることで武装衝突の回避に注力すること。AGSは現在、これら2つの戦略的方針のいずれも支持している。

スーダンは、天然資源を搾取しようとするアラブ首長国連邦やエジプトといった外部勢力による代理戦争によって、国そのものが分断されている。およそ7つの異なる軍事派閥がスーダン民衆にテロを行う中、それでもAGSは生き延びている。メンバーは国内難民として、時には国外難民として散り散りになりながらも、何とか連絡を取り合い、連係してきた。彼等は、可能な時には、共同キッチンの運営を手伝い、難民が安全な場所に辿り着くのを支援し、医療活動を行い、抵抗民兵を支援し、できる限りアナキズムの宣伝活動を続けている。

ブラックローズ/ローサネグラ連盟は「組織的アナキズム国際調整機構」(ICOA)の同志組織、とりわけドイツのDie Plattform ・フランスのUnion Communiste Libertaireと協力し、AGSへの連帯活動を組織してきた。小規模な取り組みに加え、アナキズム宣伝活動を拡大し、経済的自立手段の手段ともなる大型印刷機の購入を支援する公開募金キャンペーンを行い、2万米ドル以上が集まった。常に変化し続ける前線と後方で行われる弾圧の波のために、印刷機は未だ完全に稼働していないが、これは、この惑星で最悪の人道的災厄の只中であろうと革命的アナキズム闘争の継続は現実的に必要だ、というAGSの断固たる決意を象徴している。

ブラックローズ/ローサネグラの連帯キャンペーンで集めた資金を使ってAGSが購入した印刷機の画像。

スーダンのアナキストは、国際連帯が紛争終結の鍵であり、とりわけ内戦を煽っている勢力に焦点を当てることが重要だと考えている。

スーダンの戦争における外国(国家)介入と闘うには、民衆の血で利益をむさぼる勢力を暴露しようと闘うネットワークの世界的蜂起が必要です。これはスーダンだけでなくこの地方全体に関わることです。理想的には、富の蓄積と引き換えに流される血を止めるために、各国の民衆が、自国内の支配層に立ち向かわねばなりません。自分の地域で戦争を支援する犯罪を暴き出し、外部の支援を断たれればスーダンの戦争は止まるという事実を人々に気付かせること、これこそ誰もができる貢献なのです。そうすれば、平和が訪れるでしょう。

BRRNメンバーとの対話でのAGSメンバーの発言(2025年9月)

AGSの現在の政治的目標は、喫緊の課題として、戦争の終結、そしてRSFと軍双方による虐殺の終結である。長期的には、人種差別的植民地主義によって悪化した部族的・民族的分断を克服する闘争の継続である。社会革命を実現し、自主管理型社会主義・フェミニスト社会をスーダンに、そしてアフリカ全土に創造するのだ。

帝国主義の中心にいる革命家として、私達の生活はスーダンの同志達の生活から大きくかけ離れている。それでもなお、私達は彼等の経験から多くを学ぶことができる。自らを大衆運動の基盤に据え、アナキズムを労働者階級民衆の生活に意味ある生きた実践へ変え、運動闘争の方向性に影響を与える政治勢力として集団的に活動し、最も困難な状況においてさえアナキズムの闘争を継続するという断固たる意志を持つ姿勢である。スーダンの同志達を支援することは、アナキズムを真に世界を解放する勢力として再生したいと思っている私達皆にとって重要なのだ。


原註

即応支援部隊(RSF)は主にジャンジャウィード部族で構成される準軍事組織として発足した。以前はスーダン国家の補助部隊として活動し、2019年に権力を掌握した軍事政権により、民衆の抗議活動を暴力的に鎮圧するために用いられていた。2023年以降は、スーダン国軍(SAF)との武力衝突状態にある。