【アラサー独身の休日】「1人=寂しい」って思いますか?
とある休日。
1人でカフェに行き、大好きなカフェラテを飲んでいました。
特別な予定があったわけでなく、誰かと待ち合わせをしていたわけでもありません。
その日は、外の空気を吸いたくて久しぶりに遠出をしました。
散策の合間に目についたカフェに入り、窓際の席に座りました。
外をぼんやり眺めていると、
家族連れ。
カップル。
友達同士。
それぞれのカタチで休日を楽しんでいる光景が目に入りました。
——昔の私なら、この光景を見て少し焦っていたと思います。
「みんな誰かと一緒にいるのに、私は1人なんだ。」
そんなふうに、勝手に自分を比べて、少しだけ寂しくなっていたはずです。
💭「1人=寂しい」と思っていた
10代〜20代前半の頃、私は「1人でいること=寂しいこと」だと思っていました。
休日に予定がないと、不安にもなりました。
誰からも誘われていない自分が、誰にも必要とされていないようにすら思えてしまったのです。
今思えば、かなり「誰か基準」で生きていたのだと思います。
予定が埋まっていることが、充実している証拠。
誰かと過ごしていることが、愛されている証拠。
だから1人で過ごす休日は、どこか負けたような気がしていました。
もちろん、誰かと過ごす時間は楽しいです。
友達と笑い合う時間も、恋人と過ごす時間も、家族と話す時間も、大切なものだと思います。
でも当時の私は、誰かといる時間そのものを楽しんでいたというより、
「1人じゃない自分」に安心していたのかもしれません。
周りから浮いていない、そんな自分を必死に保つので精一杯でした。
💭アラサーになって、意味が変わった
でも今は、少し違います。
休日に1人で遠出することも、お気に入りの飲み物を片手に本を読む時間も、noteに言葉を綴る日も——私にとって大切な時間になりました。
リゾバ生活では、結婚について聞かれることも少なくありません。
昔なら、悪気のない言葉に傷ついていたと思います。
でも今は、自分の人生を他人の価値観で決めなくなりました。
そして何よりも。
帰り道に少しだけ遠回りして散歩をしたり、スーパーで今日食べたいものを選んだり、好きな音楽や動画を流しながらゆっくり過ごす。
そんな何気ない時間が、今の私にはちゃんと満たされる時間になりました。
誰かに見せるためでもありません。
誰かに褒められるためでもありません。
SNSに載せるためだけの休日でもありません。
ただ、自分が心地よく過ごすための時間です。
それだけで、
「ああ、今日も悪くないな。」
と思える日が増えました。
💭でも、寂しくないわけじゃない
とはいえ、私は「1人が最強です!!」と言いたいわけではありません。
寂しい日もあります。
夕方の少し暗くなってきた帰り道や季節のイベントごとの時。
誰かと並んで歩く人たちを見て、胸がきゅっとなることもあります。
家に帰って、誰にも「ただいま。」と言わないことや「おかえり。」が無いことに、ふと寂しさを感じる日もあります。
周りが結婚したり、子どもが生まれたり、家族の話をしていたりすると、「私はこのままでいいのかな。」と考えることだってあります。
アラサー独身でいると、強がりだけでは片づけられない感情があります。
1人が好き。
でも、ずっと1人でいたいわけではない。
誰かといたい。
でも、誰かに依存してまで一緒にいたいわけではない。
そんな揺れる気持ちを、私は何度も抱えてきましたし、今も消えてはいません。
「じゃあ、頑張ればいいじゃない。」
「婚活でもしたら?」
ええ、そうですね。
私自身も時々思います。
ただ・・・結婚は「できれば」したくないと思っている私にとって、自分のトラウマや強く植えつけられた結婚に対する価値観を簡単には拭えないのです。
こればかりは、私自身どうすることもできない問題です。
なので、気長に待つことにしています。
💭最も大きな変化
昔の私は、どこかで思っていました。
誰かに選ばれたら幸せになれる。
恋人ができたら満たされる。
予定が埋まれば、寂しくなくなる。
だから必死に自分を良く見せていたし、苦手な人とも関わりを持ち続けました。合わない趣味や嗜好だって受け入れるフリをしたこともあります。
でも今は、少しだけ分かります。
誰かといるから幸せ。
1人だから不幸せ。
そんなに単純なものではない、ということに。
◼︎自分の好きな飲み物を選ぶ
◼︎自分の機嫌を自分で取る
◼︎疲れたら休む
◼︎やりたいことに自分の時間を使う
それは、自分で「自分の幸せ」を作る練習なのだと思います。
1人だから幸せ。
誰かといるから幸せ——そうではないのです。
どちらかを選ぶ話ではなくて、自分で幸せを作れるようになったこと。
それが、今の私にとって一番大きな変化でした。
✍️1人時間が自分らしくいれる時間になった
1人で過ごすことは、寂しさの証明ではありません。
誰にも合わせずに、自分の呼吸を取り戻す時間だと思います。
自分が何を食べたいのか、何をしたいのか、何に疲れているのかを確認する時間です。
忙しく働いていると、周りの声や予定、役割に自分の輪郭が少しずつぼやけていくことがありませんか。
そんなとき、1人時間が「私」を取り戻してくれます。
「本当はどうしたい?」
「今日は何が食べたい?」
「今、何に疲れている?」
「これからどう生きたい?」
誰かといるときには聞こえにくい自分の声が、1人でいると少しだけ聞こえやすくなるんです。
だから私は、今の1人時間が嫌いではありません。
むしろ、ちゃんと大切にしたいと思っています。
❤️もし誰かと出会えたら
もちろん、これから先、人生を共に過ごせるような「誰か」と出会うことがあるかもしれません。
一緒にご飯を食べて、何でもない話で笑って、疲れた日に「おかえり。」と言い合える人ができるかもしれません。
それはきっと、とても素敵なことだと思います。
でも今の私は、その出会いを
「幸せにしてもらうため」
にはしたくないと考えています。
私を満たしてもらうためではなく、嬉しいも悲しいも分け合えるような関係。
相手の人生に寄りかかるのではなく、お互いの人生を持ったまま、隣を歩けるような関係。
人生は小説より奇なり。
未来にはどんな私でいれるのか、今から楽しみです。
📝プチメッセージ
1人でいることは、寂しいことだけではありません。
誰かといることだけが、幸せの形でもありません。
1人でも、誰かといても。
あなたの人生を彩るのは、あなた自身です。
もし今、1人で過ごすことに少し焦っているなら。
その時間は、置いていかれている証拠ではなく、自分の声をゆっくり聞くための時間なのかもしれません。
今日の1人時間が、あなたにとって少しでも心地よい時間になりますように願っています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
また、次の『アラサーのひとりごと』でお会いしましょう。
Bamirah
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