小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#11
#11 好きの違い
先輩の強引さに押されて背中を洗われたあとは、バスタブに逃げ込んだ。
しかし先輩はそのまま居座り、いつの間にかタオルは取り払われて、裸を隠そうともせずにメイクを落とすと、当たり前のようにスポンジで体を洗い始めた。
その様子を眺めていると体は反応してしまうが、昨夜の件があるので、なにもする気は起きない。
しかし先輩は体を洗い終えると、「私も入るから、場所空けて」と言って、バスタブに入ってこようとする。
「じゃあ、俺は出ますね」
そう言って立ち上がってバスタブから出ようとしたら、腕を掴まれた。
「いいじゃない、一緒に入ろうよ」
「いや、おちんちんこんなんだし、マズイんですって」
「そういうところ、ホントに正直だよね。した仲だって言ったでしょ?私は気にしないから、一緒に入ろ?」
結局、先輩と一緒に湯舟に浸かることに。
横並びに入ると体は密着し、バスタブからお湯が大量に溢れ、先輩の横顔はリラックスしているように見えた。
「誰かと一緒の食事も久しぶりだったけど、一緒のお風呂も久しぶりだなぁ」
「はぁ・・・」
「桃田君は、彼女がいた時に一緒に入ったりしなかったの?」
「お風呂は一緒ってのは無かったっすね」
「私は、学生のころ以来かなぁ。あの頃は若かったなぁ」
「先輩、年齢のことですぐ自虐しますけど、まだ28じゃないっすか。30過ぎの人が聞いたら怒りますよ?自虐していいのは30過ぎてからですよ」
「桃田君」
先輩はそう言って、顔だけ向けて真っすぐに俺を見つめる。
濡れた顔はスッピンでも可愛くて、これだけ近いとドキッとしてしまう。
「なんですか」
「同じこと、昨日も私に言ってたよ」
「いいこと言ったと思ったのに、これもすでに言ってたかぁ」
「でも、桃田君のそういうところ、好きだよ」ふふふ
「女性に『好きだよ』なんて言われたの、すげぇ久しぶりな気がする。恋愛感情じゃないのは百も承知ですけど、やっぱ嬉しいもんすね」
「1ついいこと教えてあげる。この歳になるとね、恋愛の好きよりも、人として好きのが重要なんだよ?恋愛って、ドキドキして気持ちが昂るでしょ?でも、土台が不安定だから覚める時は一瞬だからね。でもね、そうじゃない好きって、尊敬とか安心とか土台がしっかりしてるんだよね。昂りはないけど、ずっと続くの。この人といると安心できるなぁって安らげるの。私の好きは、そういう好きだからね」
「深いっすね。でも俺も、今の先輩なら、そういう好きかも。今朝の地獄のような状況だったら、とてもそんな気になれませんでしたけどね!」
やっぱり『好き』って言われれば嬉しいけど、照れ隠しで軽口も叩いてしまうのが、桃田クオリティ。
「桃田君」
「はい?」
ちゅ
「え!?なんでキスするの!?」
「キス、したくなっちゃった」
「エェ・・・」
「あ、でも、桃田君忘れてるけど、私たち昨日もたくさんキスしてるからね?」
「だからって・・・欲求不満なんですか?」
「だから桃田君は、ひと言多いの!大きなお世話よ!」
「あ、はい」
ひと言多いと怒りながらも、先輩はお風呂から出ようとしない。
なんなんだ一体、この時間は。
「あの、先輩がキスなんてするから逆上せてきたんで、そろそろ出たいんですけど」
「そうだね。私もアルコールが回って逆上せてきちゃった。出よっか」
二人同時にバスタブから出ると、先輩が洗面所からバスタオルを取って渡してくれたので、受け取って体を拭く。先輩も自分のバスタオルで体を拭く。先輩も俺も隠そうとせずに、ただ拭いている。そして二人とも、無言。
気まずいというよりも、処理の仕方がわからない戸惑いと言えばいいのか。もちろん、性欲の処理じゃなくて、気持ちや感情の処理。
記憶がなくても肉体関係があり、そして好意はある。恋愛的な好意かと言われると違うと思うが、自分でも正直わからん。
恋愛感情じゃなくても『好き』と言われて嬉しかったし、俺も素直に『好き』だと言える。そんな相手にキスをされて、このあと、俺はどういう態度で振る舞い、どうすればいいんだ?また抱けばいいのか?でもそれは、昨夜のことを繰り返すのと同じじゃないのか?責任を取れもしないのに抱いてしまうのは、ただの性欲発散じゃないか。昨日の俺は、酔ってそれをやってしまったのではないのか。
今の先輩を、そんなふうに扱いたくない。それが今の俺の本心だ。
そうだ。こういう時こそ、空気を変えるのが俺の役目じゃないのか。
いくら気持ちが持ち直しているように見えても、やっぱり傷心中の身。そして、酒の勢いで後輩に抱かれ、さらに傷ついた。楽しそうに笑っていても、笑顔の下で傷ついた心を隠してるだけじゃないのか。だから、突然キスなんてしたんじゃないのか。本当は、今でもいっぱいいっぱいなのを強がってるだけじゃないのか。
「先輩」
「ん?どうしたの?」
「たまには肩の力を抜いてもいいんですよ」
「大丈夫。別に、肩に力いれてないから」
「あ、はい」
くっ、年下男子に言われても、全然嬉しそうじゃない。しかも、なんかスベったみたいな空気だ。俺が変えたかった空気は、コレじゃないぞ。
ここにきて、日本アラサー協会、役立たず。
『#12 甘えと優しさ』につづく。
