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小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#14

#14 再び夜を共に

 夕飯に松坂牛のすき焼きを楽しく食べて、一緒にお風呂に入ってキスしたのが遠い昔のことのように思えるほど、最悪に重い空気だ。こういう時に空気を変えるのが俺の役目なんだろうけど、今はなにを言っても絶対にすべる。それくらいの空気は俺でも読める。
 と、現実逃避していたって、なにも進まない。
 いや、これ、今すぐなんらかの結論出すのなんて、無理じゃね?

 昨夜の真相を知って、『ふざけんな!』って怒るべきかもだけど、そんな気になれない。たぶんそれは、先輩の気持ちも分かってしまうからだろう。
 朝は先輩がなにを考えているのか理解不能だったけど、失恋のことや実家のこと、先輩の弱い部分をたくさん知ってしまい、昨夜の真相を聞いて、先輩の心理状態が分かってしまうからなのかな。こんなにボロボロになった女の人、見たことないんだよな。
 でもこれは、同情というよりも、共感に近いのか。先輩に感情移入しちゃってるんだろうな。

「このまま話を続けても、お互いに悪いほうばかりに考えそうだし、寝ませんか?」

 立ち上がって、二人の飲みかけの缶ビールを片付けながら声をかけた。

「・・・うん」

「毛布とかあったら貸してもらえますか?俺、床で寝るんで」

「ダメだよ。ベッドで寝てよ」

「いや、この流れで無理でしょ」

「私が床で寝るから、桃田君はベッドでお願い」

「じゃあ毛布はもういいです。このまま床で寝ます」

 そう言って、そのまま床に寝転んで体を丸めた。
 いくら先輩の心情を理解していようとも、俺にだって意地がある。これ以上、先輩に甘えるのは俺がイヤだ。

「桃田君・・・」

 こんな状況ですぐに寝れるわけないが、体を丸めたまま目を瞑ると、しばらくして、そばに先輩の気配を感じる。

「ごめん、桃田君、私が悪かったからベッドで寝て。こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」

「・・・」

「ねぇ、桃田君、お願い」

「・・・」

 体を揺すられるが、ムキになって目を閉じたまま無視を決め込んでいると、先輩の気配が離れ、すぐに布団をかけられた。それでも目を開けなかった。

「桃田君、ごめんなさい。全て私が悪かったです。もう言い訳はしません。避妊しなかったことも全部、自分で責任持ちます。これ以上、桃田君には迷惑かけません」

 先輩の謝罪を聞いて、思わず体を起こして先輩を見た。
 先輩は床に正座して、頭を下げていた。

「だから!結論は、今、出すべきじゃないっすよ!」

「だって、もう終わりだもん・・・全部・・・」

「また、そうやって一人で勝手に決めて、暴走するんですか?」

「だってぇ、桃田君に嫌われちゃったら、私もうどうしていいか・・・ううう」

 また泣きだしてしまった。今は寝て、お互いに頭と感情を冷却させて、少しでも冷静になりたかったのに、これじゃあ、寝ることもできない。

「頭上げてください。謝罪とか責任とか、明日話しましょう」

「ううう」

「ほら、お布団に入って、一緒に寝ましょ?」

 そう言って、土下座を続ける先輩の体を抱きかかえ、そのまま床に横になって布団を被った。
 結局、今夜も一緒に寝ることに。でもこれは、俺の言うことを聞かない先輩が悪い。俺史上最大の優しさだ。

 時折、鼻をすする音をさせながらも静かに泣いていた先輩だが、しばらくすると寝息を立て始めた。
 抱きしめている体は細くて、でも熱を帯びていた。
 会社で仕事をしている時は、もっと堂々としてて、華奢なイメージは無かった。でも、ずっとプライドを守ろうと、この細い体で神経をすり減らし、一人で寂しさに耐えていたんだろうな。生きていれば色々あるだろうけど、28歳の先輩にはつらいことばかりだったのだろう。

 でも、俺を標的にしていたとはな・・・軽いけど正直で軽薄じゃないって言われて、嬉しかったのにな。
 人として好きだって言われて、俺も先輩のこと、同じだと思えて、気持ちが揺らいだんだけどな。

 悶々として眠れないから、起こさないようにそっと抱き上げ、ベッドへ運んで布団をかけ、俺も潜り込むと、今度はすんなりと眠りにつけた。

 翌朝、目を覚ますと、先輩はまだ寝ていた。穏やかな寝息を立てるその寝顔は、昨夜泣き過ぎたせいかまぶたは腫れて鼻は赤く、ヨダレを垂らして、今は見るも無残。お風呂で見た時は、ドキッとするほどかわいかったのに。会社でも美人社員として注目される存在なんだけど、私生活では酷いもんだ。
 そっとベッドを抜け出して、トイレで小用を済ませると、洗面所で顔を洗い、キッチンを借りて朝食を用意することにした。
 昨夜のご飯が残っていたので、土鍋でダシ汁を用意し、ご飯と刻みネギを投入して、解れたら溶き卵をとじて雑炊にした。昨日は色々ありすぎたから、朝くらいは胃に優しいものにしたくなったんだよね。

 コンロの火を止めると、先輩が起きるまで、今日これからのことを考えた。
 今日中には、なにかしらの決着がつくと思う。それは先輩と俺との関係。明日になれば日常に戻る。今まで通りの先輩後輩としてのただの同僚に戻るのか、縁が切れるか。それとも、関係を進めるのか。
 先輩は、避妊しなかった責任を一人で背負うと言った。経緯は理不尽だったけど、責任を先輩一人に押し付けるのは違うと思う。
 昨日の朝、一方的に責められ責任を追及された時、理不尽さを感じた。なのに、立場が逆転した途端、それが当たり前だと考えるのは、自分の都合しか考えてないということになる。
 セックスは同意の上で成り立つものだ。どういう話があってやっちまったのかは分からないけど、避妊をせずにやった以上は、俺も同罪だ。
 だったらどうする?アフターピルでも用意すれば間に合うのか?
 ここでアフターピルを考えるってことは、俺は、子供を望んでいない?
 いや、まだ妊娠したわけでもないのに、それは極論か。

 それにしても、記憶がないのに妊娠の可能性を真面目に考えている俺って、なんなんだろうな。こんな間抜けな話は、そうそうないぞ。

『#15 日曜の朝』につづく。

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