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小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#06

#06 理解する後輩

 再び怒り始めた先輩は、スプーンを握った拳で駄々っ子のようにローテーブルをドンドン叩いて怒りをぶつけていた。

「あの~・・・」

「なによ!」ドン!

「テーブルが壊れちゃうから、物にあたるのはやめたほうが」

「だったらなににあたればいいのよ!桃田君、昨日のこと憶えてないじゃない!」ドン!

「・・・はい」

「せっかく立ち直れそうで嬉しかったのに!」ドン!

 やべぇ。また手が付けられなくなっとるやんけ。モンブラン食べてた時はあんなにご機嫌だったのに、アラサーの情緒マジやべぇ。

「もうイヤ・・・」しくしく

 そう零してローテーブルに突っ伏すと、とうとう泣き出した。

 でも、少しずつ状況が見えてきたぞ。
 3ヵ月前に彼氏と別れて30目前で放り出されたアラサーの先輩は、タイミング悪いことに妹の出産が重なり、心が弱っている時に実家へ帰省したら、傷口に塩を塗られる思いで年末年始を過ごした。それでも年が明けてから会社では普段通りに振舞っていたが、昨日の課の飲み会でお酒が入ってうっぷんを晴らしたくなり、俺を誘って愚痴り大会を開いたわけだ。そこで恐らく、その話を聞いた俺が『大船に乗ったつもりで俺に任せてください!』とか調子がいいことを言って、一夜を共にしたのだろう。しかも避妊なし。それなのに朝起きたら俺が酔ってたせいで憶えてないから、先輩にしてみれば『体を許してまで期待したのに、全部忘れたとはどういうことだ!』とお怒りで、今は失意で泣いていると。

 考えたくもないけど、これはたぶん、結婚もしくは交際的なことを俺は言ってる可能性が高いな。
 俺、ダメじゃん!酔って傷心中のアラサー女を結婚匂わせて口説いてエッチまでしてるとか、我ながらクズだな!そりゃ先輩も『最低のクソ野郎!』って怒るわ。やっぱ最初から詰んでたわ!
 それにしても、俺の脳内の日本アラサー協会はなかなか優秀だったな。予想的中してるじゃん。

 しかし、状況は見えても、打開策が全く見えん。
 唯一見える道筋は、責任とって先輩と結婚・・・あ、だから先輩も責任責任ってうるさかったのか。なんだ、そういうことだったのね。やっと理解できた。ははは。
 じゃねーよ!彼女は欲しかったけど、情緒やばいアラサーとかキツイだろ!?昨日までの本性知る前だったらまだアリだったけど、今はちょっとキツイわ。
 だって、俺がなにか言う度に『ひと言多いの!』だの『女の子の気持ちがわかってない!』だの、すぐ怒るんだよ?付き合っても、神経すり減らすのが目に見えてんじゃん。

 でもさ、1つだけゲスいこと言わせてもらうと、やった記憶無いのに責任だけが圧しかかってくるのって、理不尽だよな。あの豊満なおっぱいも当然揉みまくっただろうし、どうせ責任取る結果になるなら、いい思いした記憶も残してほしいもんだよな。

 まぁ、最初は先輩も同罪だと思って、一方的に怒られるのは理不尽だと感じてたけど、傷心中のアラサーを酔った勢いで口説いてやっちゃったのは、全面的に俺が悪いんだよな。

「あの、先輩?」

「なによぉ、桃田君もどうせ私のこと行き遅れのアラサーがみっともないって笑ってるんでしょぉ」しくしく

「笑ってないですよ。まだ昨日のこと思い出せてはいないんですけど、だいたい自分がやったことは理解したんで、その、キチンと謝りたくて」

「謝ったって、時間は戻らないのよぉ!8年よ!私の8年返して!」

「え?8年?俺がやったのって昨日だから、1日では? あ、元カレと8年付き合ってたんすね?そりゃヒデェ」

「他に女つくってたんだよ!?しかも24の!ひど過ぎるでしょ!?」

 8年付き合って、アラサーになってから若い女作って捨てるとか、俺よりも鬼畜だな!その元カレ、普通に刺されてもおかしくないだろ!

「先輩みたいな美人の彼女がいるのに他に女作るとか、そんなヤツ、早く忘れたほうがいいっすよ」

「それも昨日桃田君、私に言ってた」

「え?じゃあ、もう言わない」

「なんでよ!?もっと慰めてよ!たくさん慰めてよ!もっと優しくしてよ!」

「えええ!?」

 そう叫んで顔を上げた先輩の表情は、メガネはズレて涙で曇り、髪はボサボサだし、辛うじて残っていたメイクも涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、お肌の曲がり角どころの騒ぎではなかった。
 これ、優しくしないとダメなの?ちょっとイヤだなぁ。

 とはいえ、俺がどうにかするしかないので、メガネを外してローテーブルに置き、箱ティッシュを数枚取って、鼻水から拭いてあげた。俺が先輩の顔面補修作業をしているあいだ、先輩はえぐえぐ泣きながらも大人しくしていた。

 大人でこんなに泣く人、初めて見たけど、アラサーって大変だよな。『結婚できなくても、死ぬわけじゃないのに』って思うけど、女の場合だと出産とかプライドとか自尊心とかしがらみとか、色々厄介なものが多いのだろう。
 特に先輩は美人だから、いままで男にチヤホヤされてきた分、若い女作って30手前で捨てられればプライドはズタボロだっただろう。それなのに、破局後も会社では普通に振舞うしかなくて、心をすり減らしながら必死だったんただろうな。
 そう考えたら、もう少し労わってあげたほうがいいんだろうけど。

 でもこれって、一番悪いのは元カレで、他人の俺がその尻拭いさせられてるんじゃね?

『#07 グレー』につづく。


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