小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#15
#15 日曜の朝
キッチンに立って考え込んでいると、先輩が目を覚ましたのか、突然声を挙げた。
「桃田君ドコ!?帰っちゃったの!?」
「おはようございます。ちゃんといますよ。キッチン借りて、朝食用意してました」
「あ・・・そうなんだ・・・おはよ」
「先輩の顔、酷いことになってるから、洗ってさっぱりしてきたほうがいいっすよ」
「あ、うん・・・」
昨日までなら「ひと言多いの!」って怒りそうなものなのに、今日はそんな元気もないか。
洗面所に入った先輩は、苦戦しているのかなかなか出てこなかったが、出てきた時にはメガネとマスクで武装していた。たぶん、顔面の惨状をすぐには修復不可能と判断しての武装なのだろう。寝てるあいだにバッチリ見ている俺に隠したところで手遅れなんだが、アラサーも大変だ。
先輩を待つあいだ、ローテーブルに土鍋や取り皿に箸やお玉を運び、湯を沸かして急須でお茶も淹れた。一人だとインスタントや冷凍食品ばかりだけど、二人ってだけで妙に食事に凝ってしまう。独身で彼女なしの俺も、先輩のことを言えない寂しい身なんだよな。
「桃田君が作ってくれたの?」
「そうですよ。だしの素使ってご飯煮込んだだけですけどね。温かいうちに食べましょう」
「うん。頂きます」
「頂きます」
ローテーブルに対面で座ると先輩はマスクだけ外し、二人で手を合わせてから食事を始めた。昨日はずっと俺の横に座っていたけど、今日は距離を置きたい心境なのだろう。
「美味しい・・・男の人の手料理、初めて・・・」
「手料理ってほどのもんじゃないっすよ。味が足りなかったら、醤油でもたらしてくださいね」モグモグ
「うん、このままで大丈夫」モグモグ
食事をしながら先輩の表情を観察していたが、口数は少ないけど、昨夜よりは落ち着いているように見える。一晩寝て、冷却できたのならいいけど。
俺も先輩もおかわりをして、土鍋がカラになると二人で片付けを始めた。昨夜と同じようにキッチンに並んで立つが、お互いに口数は少なく、黙々と作業をこなす。
そして片付けが終わると、「お茶でも飲んで、ゆっくりしましょう」と声をかけ、再びローテーブルに対面で座った。
湯呑に口をつけてお茶で喉を潤してから、あえて空気を読まずにぶっこむことにした。
「恋人でも夫婦でもないのに、なんか、すっかりそんな感じっすね」
「う、うん・・・こういうの、久しぶりかも」
「俺もっす。アパートと会社の往復で、休日なんて昼までゴロゴロして、起きてもメシを用意するのが面倒だからカップラーメンで済ませて、あとはすることないからゲームしてるだけ。すごく不毛な生活ですよ」
「うん」
「でも、昨日から先輩と一緒に過ごした時間は、悪くなかったっすよ」
「たくさん酷いことしたのに?朝からヒステリックに怒ってばかりだったし、泣きわめいて我儘言って、嫌がってたのに強引に一緒にお風呂に入って、逆ギレしてビンタして・・・私、桃田君に酷いことばかりしてたよ?」
一晩寝たおかげか、それともおかゆで腹を満たしたおかげなのか、今朝の先輩は落ち着いて話せるようだ。
「腹立つこともあったけど、面白いこともありましたからね。それに、色々と考えさせられました。結婚とか妊娠のこととか、人生でこれほど真剣に考えたことって、たぶんないですもん。めちゃくちゃ濃厚な一日でしたよ」
「・・・私のこと、怒ってないの?」
「怒ってほしいんですか?」
「怒ってほしくない・・・」
「なんか、先輩の弱いところたくさん見ちゃったせいなのか、怒る気が起きないんですよね。でも、同情とはなんか違うんですよ。共感してるんだと思います」
「共感?」
「はい。『あーそりゃ怒るよなー』とか『わかるわー』とか、自分も当事者なのに、先輩目線で見ちゃってる?」
「そうなんだ・・・桃田君、やっぱり他の人とは違うね。軽薄じゃないって言ったけど、その理由が分かった気がするよ」
色々話していると、先輩も徐々に口数が増えてきた。
「桃田君は、普段は軽くてやる気がないっていうか、飄々としてる感じだけど、肝心なところじゃ手を抜かないんだよね。言うべき時は言うっていうの?それに、会社じゃわざと距離を取って踏み込まないようにしてるでしょ?そういうの見て、『ああ、この子は相手との距離の取り方が、異常に上手いな』って思ってたの」
「うーん、自分じゃよくわかんないっすね」
「だからなのかな、『桃田君なら、私が迫っても変な気を起こさないで、正面から受け止めてくれるんじゃないか』って考えたの。昨日は『年下だから』って言ったけど、今、思い返すと、『年下で軽いのに、成熟した考えができる子だから』っていうのが正しいと思う」
「なるほど」
「散々傷つけたあとに今更こんなこと言っても、ただの言い訳だよね」
「いや、そんなもんっすよ。言葉にして色々話しているうちに頭の中が整理できて、『あのときは分かってなかったけど、あれはそういうことなのか』って、あとになって気づくこと、よくありますからね」
「そうだね・・・私も今になってたくさん気付くことができた。でも、気付くと、今更後悔ばかりなの・・・私は、やり方を間違えてた。他の人ならまだしも、桃田君みたいな人にお酒を使って肉体関係を結ぶなんて、一番やってはダメな手段だったのよね」
確かに、記憶がなくなるまで酔わされて、エッチの記憶が残ってないことが一番面白くないんだよな。せめて、あの豊満なおっぱいを揉んだことくらいは憶えていたかった。
『#16 アラサーと後輩のリスタート』につづく。
