小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#10
#10 馴染む二人
〆のうどんも食べ終えると満腹感で苦しいくらいだったが、さすがに食費も調理も全部先輩一人に任せてしまったので、一宿一飯の恩で「片付けは俺がやります」と申し出た。
いや、朝も奢ってもらったし今日も泊まるから、二宿二飯の恩か。
「手伝ってくれるの?」
「いや、俺がやりますんで、先輩は休んでてください」
「私も片付けるよ。一緒に片付けたほうが、早くゆっくりできるでしょ?」
「じゃあ、一緒に」
「おっけー、うふふ」
立ち上がると腕捲りして、鉄鍋や取り皿などをキッチンまで運び、スポンジで1つ1つ洗い始める。
ローテーブルにあった物を全て運び終えた先輩も俺の隣に立つと、洗い物の手伝いを始めた。
「キッチンでこんなふうに男の人と並んで立つの、初めてかも」
「え?ウソでしょ?家族とか彼氏とか、一緒に料理したり洗い物くらいしたことあるでしょ?」
「桃田君みたいな人ばかりじゃないんだよ?それが当たり前だと思ってるから知らないだろうけど、全然動かない男って、本当に多いからね」
「へぇ・・・」
別に『気遣いできる男』をアピールとかそんな気はなくて、むしろ俺みたいな軽いヤツが手伝いとかしても、『女の前でいいところ見せようとしてる』くらいにしか思われない。そんな下心なんかではなく、こういうのは育ちのせいだと思う。
ウチは姉・俺・弟の三人兄弟で、独裁者の姉ちゃんに恐怖政治で散々こき使われて育った。だから、女性に働かせて自分はぼーっとしてるのは許されない性分に躾けられたのだろう。そういう場面だと、落ち着かないというか、言い様のない不安が湧いてくるんだよな。
それでも、反骨スピリットでやらないことも多々あったが、今日の場合は松坂牛だからな。これでふんぞり返ってるのをウチの姉ちゃんが見たら、「いい御身分だな!オイッ!」って確実に〆られるな。
洗い物をしてる最中、先輩は鼻歌交じりでやはりご機嫌だ。お買い物で気分転換して、松坂牛のすき焼き食べながら美味しいお酒でほろ酔いだもんな。そりゃ鼻歌交じりにもなるわな。なんにしても、もう怒りだしたり泣きだしたりは無さそうだし、先輩がご機嫌なら、俺も気が休まるってもんだ。
洗い物が終わりシンクなどの掃除をしていると、先輩は「今のうちにお風呂の準備してくるね」と言って、キッチンから離脱した。
お風呂か。今朝の惨状から考えると、よくここまでこれたな。『氏ね!』とか『最低のクソ野郎!』とか言われてたもんな。あの時は、松坂牛のすき焼きとかお風呂なんて想像すらできなかったぞ。『早く帰りたい』としか考えてなかったからだけど。
キッチンの掃除を終えると、トイレを借りて小用を済ませた。ちなみに、今度はちゃんと便座は降ろしておいた。どうやら美味しい食事というものは、人のささくれた心をここまで穏やかにしてくれるらしい。
とはいえ、先輩はご機嫌になっているが、昨夜のことはなに一つ解決してないという現実。今夜、もしくは明日中には、どう責任を取るのかハッキリさせないとな。
トイレから出ると、先輩もお風呂の準備を終えて部屋に戻っていた。
「洗い物、ご苦労さまでした。お風呂のお湯落してるから、もう少し待ってね」
「いえいえ、こちらこそ、ご馳走さまでした。久しぶりに美味い肉食べて、大満足です」
「すっごく美味しかったね!それに、家でこんなに楽しい食事も、すごく久しぶりだよぉ」
「先輩、準備してる時から楽しそうでしたもんね」
会話をしながらも勝手に冷蔵庫を開けて、コンビニで買って飲みかけだったスポドリを取り出すと、先輩に「あ、私の緑茶も取って」と言われたので取り出した。
そのまま先輩に緑茶を渡してベッドを背もたれにして床に座ると、先輩はベッドに腰かける。
「桃田君、もうすっかりそのスウェットが馴染んでるね。最初着た時、違和感がすごかったのに、もう全然感じないもん」
「スウェットだけじゃなくて、この部屋自体に馴染んでしまっているような」
「確かに」うふふ
「このスウェット、いくつ持ってるんです?実は、タンスの中、このスウェットしか入ってないとか?」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと年相応にキチンとした服も入っています」
「じゃあ、見せてもらおうかな」
「ダメに決まってるでしょ!女の子のタンスの中のぞくなんて、変態!」
「先輩、実はそれ、気に入ってるんじゃないです?変態っていうの」
「ちょっとだけね」ふふふ
結局、グレーのスウェットの謎は解からぬままのんびりしていると、お風呂のお湯が溜まったようなので、入ることに。
「桃田君、先に入っちゃって。シャンプーとか置いてあるの、使っていいからね」
先輩がお風呂を先に譲ってくれるなんて、珍しい。でもトイレの時は、まだ俺に逃亡の疑いがあったからか。やっぱり、根は本当にいい人なんだよな。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
下着の着替えと歯ブラシを持って洗面所へ行き、グレーのスウェットなどを脱いでバスルームへ。
頭を洗って歯を磨き、鼻歌交じりに体を洗っていると、洗面所に先輩が入ってくる音が聞こえた。背後に振り返って曇りガラス越しに見ても、何をしているのかは分からない。なにやらゴソゴソとしているようだが、洗濯でもするのかな?と、気にせずに鼻歌を再開しておちんちんも洗っていると、背後の扉がガラッと開いた
「え!?なに!?」
突然のことに驚いて振り返ると、メガネを外して髪をアップに括り、タオルで体を隠した先輩が立っていた。
「一緒に私も入ろうと思って」
「えええ!?なんで!?」
「いいじゃん別に。そういうことした仲なんだし、もう今更でしょ?」
先輩はそう言いながらしゃがんで、洗面器でバスタブのお湯をすくって肩からかけた。
「いや、そうだけど、お昼にシャワーした時は嫌がってたじゃないですか」
「あの時はあの時。今は今なの」
なんじゃそりゃ。意味がわからん。
「背中は洗ったの?ちゃんと洗わないとダメだよ?」
そう言ってスポンジを手に取りボディーソープを垂らし、俺の背中をこすろうとする。
「いや、いいですよ、自分で洗うから」
「ほら!私が洗ってあげるから、前向いて!」
「エェ・・・」
『#11 好きの違い』につづく。
