小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#05
#05 アラサーの事情
コンビニから先輩の部屋に戻り、手洗いうがいを済ませてから買ってきた物をローテーブルに置いて座ると、マフラーとコートを脱いだ先輩もまた横に座り、マスクも外した。メガネは装着したままだけど、会社じゃメガネ姿を見たことがないから、もしかしたら普段はコンタクトだったのかな。
ちなみに、先ほどまでは正座だったけど、足がしびれるし疲れるのであぐらで座ってみたが、先輩からは『反省が足りない!』とか言われなかったので、もうあまり怒っていないのかもしれない。
二人で『いただきます』をしてから、遅い朝食を始めた。
「先輩って、普段はコンタクトなんですか?」モグモグ
「会社に行く時だけね。お家じゃメガネよ」モグモグ
「へぇ、メガネかけてるの初めて見ましたけど、結構イメージ変わりますね」モグモグ
「そう?賢そうに見える?」
そう言って、インテリ女司みたいに右手でメガネをクイッとする仕草をした。
「ええ、まぁまぁ」モグモグ
「まぁまぁってなによ。でも会社の同僚でメガネ見せたの、桃田君が初めてかも」モグモグ
「へぇ・・・」
それを聞いて、瞬時に脳内で『家ではいつもメガネ⇒同僚にはメガネを見せたことはない⇒同僚を部屋に連れ込んだことはない』というフローチャートが導き出された。
まぁ、最近まで彼氏いたわけだし、会社でそう公言してれば男は寄ってこないよな。
で、それなのに、なんで俺はやっちゃってるんだって話だ。
おにぎりとサンドイッチを食べ終えたので、桃のタルトを開封しようとすると、先輩が「あ、待って。スプーン取ってくる」と言って、食事を中断して立ち上がった。やっぱり普段の会社と同じで、こういう面倒見が良くて気遣いができるところは年上の女性らしいと思う。
さっきまで散々怒ってたけど、根はホントに悪い人じゃないんだよなぁ。あんなに怒らせてしまうくらい、俺が酷いことしたってことなのか。
「はい、これ使って」
「あざーす!」
言われてから差し出すのはなんか癪なので、受け取ったスプーンですくうと、「はい、どうぞ」と言って最初のひと口を先輩に差し出した。ちゃんと桃もひと切れ乗せたのは、出資者へのリターンだ。
「ありがと♪」パクッ
「どうです?美味しい?」
「うん♪美味しいよ♪ あ、私のもあげるね」
そう言って、先輩もモンブランのフタを開けて自分のスプーンでひと口分すくうと俺に向けたので、パクリと頂いた。
「どう?美味しい?」
「甘いです」
なんかこのやり取り、実家の姉ちゃん思い出すな。ウチの姉ちゃんも、すぐに他人のもの食べたがるんだよな。
「なんだかこういうの、すっごく久しぶりだなぁ・・・」
「え?先輩も弟とかいるんですか?」
「え?なんで弟?普通、恋人じゃない?って、自分で・・・」
なんかしらんが、自分で言って自分でダメージ受けて凹むガラスのアラサー。
俺のことひと言多いって怒るけど、先輩も自分で地雷踏んでる。ウケる。
「そういえば、先輩は正月実家に帰省したんですか?」
あえて気付かないフリして聞き流してあげるのも、できる男の嗜みってやつだ。ふふふ
「実家ね・・・今年は帰るつもり無かったんだけどね、一人じゃ寂しいから結局帰ったんだよね・・・」
あらら、話題変えても凹んでる。こっちも地雷だったか。実家でもなんかあったのかな。
「なんかあったんです?俺でよければ聞きますよ?」
一宿一飯の恩があるからな。愚痴くらいは聞いてあげるべきだろう。
いや、やっちゃってるから、恩じゃなくて一宿一飯の罪?責任?
「桃田君、昨日の夜も私に同じこと言ってたわよ?」
「え?『弟とかいるんですか?』って?」
「ちっがうわよ!『俺でよければ聞きますよ?』って言ってたの!」
「じゃあ、もう聞かない」
「なんでよ!?私の話、聞いてよ!」
なんなんだよもう!メンドクセーな!
「で、なにがあったんです?親に『早く結婚しろ』とでも言われたんですか?」
「だから!あなたはいちいちひと言多いの!どうして言ったらダメなワードばかり出てくるの!お口、縫うわよ!」
お口を縫われたくないので、お口チャックのジェスチャーをして、黙ることにした。
俺が服従の姿勢を見せたことで満足したのか、先輩はメガネをクイッと上げてから語り出した。
「3つ下の妹がいるんだけどさ、1年前に結婚してるんだよね・・・おまけに2カ月前に出産しててさ、実家に帰ったらいるのよ、旦那さんと子供連れて。わかる?この状況。次女は旦那と初孫連れて帰省してるのに、3つ上の長女は独身。もう肩身狭いし疎外感も凄いし、親戚とか『美紀ちゃんのほうは、まだなの~?』とかズカズカ踏み込んでくるし、親はなにも言わない分、無言のプレッシャーがあるし、彼氏と別れてコッチは傷心中なのにさぁ。しかもだよ?別れたの3カ月前で、一番落ち込んでる時に妹の出産祝いとか用意してさ、もう最悪続きでメンタルぼろぼろだよ」
うわぁ、男の俺でもキツイの分かるな。想像しただけで、地獄絵図だ。まさしく、歩く災厄。お祓いとか行ったほうがいいレベルだ。そりゃ、そこらじゅうに地雷が潜んでいるわけだ。
「それで昨日は愚痴りたくて桃田君を2軒目に誘ったらさぁ!あーもう!思い出したらまた腹立ってきた!この話するのも2度目だし!」
「えええ!?」
この流れでなんで俺に流れ弾が飛んでくるの!?話聞いてくれって言うから黙って聞いてただけなのに!?
『#06 理解する後輩』につづく。
