見出し画像

小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#08

#08 アラサーの見栄

 シャワーでサッパリしたあと、先輩が貸してくれたスウェットを着てみた。
 サイズ的に着れないことはなかったが、裾も袖も若干短くて足りないために、間抜けな絵面だ。しかも、色も形も匂いも先輩とお揃い。マジでこのスウェット、いったい何着持ってるんだ。

「桃田君、全然似合わないね」

「そりゃサイズが合ってませんから。たぶん、このスウェットが世界一似合うのって、先輩ですよね」

「それってどうゆう意味よ」

「いえ、なんでもないっす」

 洗濯機が止まると、室内に先輩の下着と一緒に俺の下着なども先輩が干してくれた。
 俺はそのあいだに先輩の指示で、お布団のカバーを外してベランダに運んで干したり、市の指定のゴミ袋にゴミをまとめる作業をした。
 この部屋は、比較的片付いているほうだし、キッチンなんかも綺麗にしてあるけど、質素でオシャレ感はあまりない。先輩は容姿の割には、意外と質素で地味な生活をしているのだろう。

 ひと通り家事仕事を終えると、買い出しに出かけることになった。
 主婦など女性客が多く集まるスーパーマーケットには、さすがに完全武装でも不安なのか、先輩はメイクを始めた。
 といっても、10分ほどでサラっと終わった。さすがアラサー、手慣れたものだ。ぐちゃぐちゃの泣き顔やお風呂上りのスッピンに比べれば、メイクした先輩は『流石』と言えるほど美人に戻っていた。
 しかし、服は着替える気はないらしく、グレーのスウェットのままベージュのコートを羽織った。俺も同じスウェット上下を着ているから、全身まるでペアルック。

「さすがに先輩だけでも着替えたほうが」

「いいじゃない。こういうお揃いを着てスーパーにお買い物とか、ちょっと憧れてたのよね」

 どこに憧れる要素が。恥ずかしいだけなんだけど。
 ちなみに、俺は仕事に履いていく革靴しかなく、さすがに上下スウェットに革靴は怪し過ぎるので、先輩のクロッグサンダルを借りた。

 スーパーマーケットには、先輩が所有する車で行くことになった。
 近所の月極駐車場に停めてあるらしく、そこまで歩いて行くと、黒のコンパクトSUVが停まっていた。マイカーを所有していることも意外だったが、車種も意外だった。
 運転は先輩で、俺は助手席に座ると出発。スーパーマーケットまでの道を走る車内では、先輩が一方的に話すのに相槌を打ちながら、その先輩のことを考えていた。

 昨日までは、『美人でしっかり者で頼れる先輩』。あとはせいぜい、『胸がデカくてエロイ体してる』と、その程度の認識の人だった。
 けど今朝からは、泣き虫だし怒りっぽいし、わがままで甘えん坊だし、意外と質素で地味だし、家ではメガネをかけて同じスウェットばかりだし、黒のSUVに乗っている。と、今まで知らなかった姿を次から次へと見せていた。
 会社とプライベートでは違うのは当然だけど、ここまで俺に素の姿を見せていることを考えると、取り繕う余裕がないほど今の先輩は弱っているのだろう。

「桃田君、今夜はなに食べたい?私が手料理ふるまってあげるね♪」ムフ

「なんでもいいですよ」

「もう!せっかく私が手料理を振舞うって言ってるんだから、もっと喜んでよ」

「わーうれしいナー、先輩の手料理、たのしみダナー」

「なんで棒読みなのよ!失礼なことばかり言って、ホントにもう!」

 普通に元気に見えるな。本当に弱っているのだろうか。

 スーパーマーケットに到着し、駐車場に車を停めて降りると、先輩は何も言わずにさも当たり前のように俺の腕に手を絡ませて体を密着させてきた。完全に彼女気取りだ。
 でも、俺もバカじゃない。土曜日のスーパーマーケットに後輩とはいえ男と来ているのだから、先輩だって見栄を張りたいのだろう。休日の賑わう店内には、多くの夫婦やカップルなどの姿がある。それらは傷心中の今の先輩にとっては、ストレス以外の何物でもあるまい。これも先輩なりの防衛手段なのだろう。

 しかし、店内に入る際に、ガラスに映った俺たち二人の姿の間抜けなことと言ったら。二人とも同じ上下グレーのスウェットを着て、男のほうは裾も袖も短くちんちくりん。なぜこんなものに憧れるんだ、谷崎美紀。30目前での傷心と実家での初孫フィーバーによるプレッシャーは、人間の美的感覚をそこまで歪めてしまったということだろうか。

 店内では、俺がカートを押す係。そして先輩は、相変わらず俺の腕に抱き着いている。他の客にジロジロ見られることはないが、どの客もチラリと視線を向けると、クスッと笑っているように見える。俺の自意識過剰だろうか。それとも被害妄想だろうか。いや、確実に笑われている。だって、ダサいペアルックにちんちくりんなんだもん。そんなカップルに遭遇したら、俺でも確実に笑う。

「今日は奮発して、すき焼きにしよっか?桃田君、お肉好きだよね?」

「ええ、そうっすね」

「お酒も少し飲む?あ、でも昨日みたいに飲み過ぎたらダメだよ?」

「ええ、そうっすね」

「あ!お野菜が安くなってる!多めに買っておこうかな」

「ええ、そうっすね」

 店内では他のどの客よりも悪目立ちのダサカップルだと自認し虚無になる俺とは対照的に、先輩はバッチリメイクしているおかげか、お買い物が楽しそうだ。
 肉に魚に野菜にお酒と、先輩は一人暮らしの女性の食糧とは思えないほどの量を買い込んで、それらのほとんどを俺が運んで車に戻り、帰宅した。

 月極駐車場からヒイヒイ言いながら大量の食材を運び終え、洗面所で手洗いうがいをしていると、先にトイレに入っていた先輩が出てきて怒り出した。

「ちょっと!桃田君!あれだけ言ったのにまた便座上げたままだったでしょ!またお尻がハマって濡れちゃったじゃない!」

 確かに先輩のグレーのスウェットは、下半身が濡れていた。やっぱりこの人、バカじゃないの?ウケる。


『#09 アラサーの開き直り』につづく。 


いいなと思ったら応援しよう!