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小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#09

#09 アラサーの開き直り

 買ってきた食材を収納する作業を先輩の指示に従いながら手伝い、終わるころには外は暗くなり始めていたので、ベランダに干していた布団も取り込んだ。
 先輩は、買い物中に言っていた通りすき焼きを作るらしく、野菜などの準備を始めた。

「待ってるだけでヒマなんで、俺も手伝います」

「今夜は私の手料理を振る舞いたいから、桃田君は見てるだけでいいよ」

「そうですか。じゃあ、そうします」

 なんだかヤル気を見せているけど、そういう時に横から手や口を出されるのは面白くない気持ちも分かるので、言われた通りに見てるだけにした。

「今日のすき焼きはね、松坂牛の霜降りだからね!絶対、美味しいやつだから、楽しみにしててね!」ウフ

「そんなに奮発しちゃって、大丈夫なんですか?」

「久しぶりにお家で一人じゃない食事だから、豪勢にしたいの。それに、桃田君には情けない姿、たくさん見せちゃったから、少しは挽回しないとね」

 確かに情けない姿をたくさん見たけど、情けないというか、悲惨?まぁ事情が分かっているから同情しているわけだし、酒の勢いでやっちゃった罪悪感のおかげで見捨てられずに、ここまできてしまったわけだが。

「そういえば俺も、飲み会以外で誰かと一緒に晩飯食べるのは久しぶりかも」

「そっか、桃田君も一人暮らしだったね。休日はなにして過ごしてるの?」

「ゴロゴロしてばかりっすよ。あとはゲームとかですね」

「若いのに不健康だねぇ。もっと健康的な生活しないとダメだよ?20代なんてあっという間に過ぎて、老化がじわじわ押し寄せてくる恐怖に気付いてから必死になっても、進行が遅くなるだけで着実に蝕んでくるんだよ?」

「実感がこもり過ぎ。先輩が言うと笑えないっすよ」

 でも、本心をぶちまける前までの先輩なら、俺にこんな話は絶対にしなかっただろう。怒りだしたり泣きだしたり甘えだしたりしてた時よりは落ち着いているようだし、スーパーマーケットに買い物に行って、随分と気分転換になったようだ。俺はその分、羞恥に耐える苦行だったが、一応役に立てたということか。

「まぁ、桃田君には全部曝け出しちゃったから、かえって開き直って言えるのかな?」ふふふ

「めっちゃ泣いてましたもんね。大人になってあんなに泣く人、初めて見ましたよ」

「桃田君のせいじゃない! でも、たくさん泣いたら桃田君が優しくなったから、泣いた甲斐があったかな?」

「俺はいつでも優しいですよ?ただ、軽く見られちゃう性格だから、誰も気づいてくれないっすけど」

「ホント、軽いよね。でも、桃田君って、軽いけど正直だし軽薄じゃないんだよね」

「お?今日初めて先輩に褒められた?もっと褒めてくださいよ」

「そういうところだよ!もう!」ふふふ

 食材の準備が終わると、鉄鍋をコンロで火にかけて割り下を用意し、菜箸で食材を並べ始めた。
 その様子を眺めていると、『こういうのも、悪くないな』と感じていた。
 普段は降ろしている髪を1つにまとめて、エプロンを付けスリッパを履いて、ニコニコと調理しながらお喋りする姿を眺めている俺も、たぶん頬を緩ませニコニコしている。以前交際していた元カノとでも、こんな時間は無かったと思う。こういうのを、家庭的っていうんだろうな。

「先輩って、会社じゃ『できる女』って感じで、仕事に生きてるイメージありましたけど、エプロン似合うし、意外と家庭的なんですね」

「意外とってなによ!でも、嬉しい。『エプロン似合う』って、最高の褒め言葉かも。ありがと」うふふ

 そういえば、脳内の日本アラサー協会のランキングにあったな。やっぱ優秀だな、日本アラサー協会。先輩、年下男子に言われて嬉しそうだ。

 お喋りしながらも食器やドリンクなどをローテーブルに運び、食材に火が通ると、「桃田君、鉄鍋も運んでちょうだい」と指示されたので、鍋掴みを装着して運ぶ。
 全ての準備が整うと、調理器具などを洗っていた先輩もエプロンを外してローテーブルに来るが、俺が対面に座るように配置した食器を見て、何も言わずに横並びの配置に変えちゃった。やっぱり隣に座るつもりらしい。
 もう怒ってないようだし、まぁいいか。
 そんなことよりも、お昼前に遅い朝食でおにぎりとサンドイッチを食べてから何も入れてないので、空腹感がハンパない。調理中から食欲を誘う匂いがたまらなかったすき焼きの前では、座る位置など些末なことだ。

 あぐらで座ると、右に座った先輩が缶ビールのプルタブを開けて俺のグラスに注いでくれたので、その缶ビールを受け取り、先輩のグラスに注いだ。

「頂こうか」

「はい、頂きます」

 そう言って、二人ともビールのグラスを持つと、コツンと鳴らしてから口を付けた。
 グラスを置いた先輩が、次に俺の取り皿を手に取る。

「桃田君、玉子は?お野菜はなんでも食べれる人?」

「自分で取るから、先輩も食べてくださいよ」

「いいからいいから、今日は私にやらせて」

 どうやら、世話を焼きたいらしい。機嫌がいいからなのか、それとも年上のお姉さんムーブなのか。まぁ、楽しそうだから、好きなようにしてもらうか。なにせ、このすき焼きの出資者だしな。

「じゃあ、お願いします。タレの味をそのまま味わいたいんで、玉子は使わない派っす。野菜はなんでも食べますけど、ネギと白菜が好きっすね。あと味が染みたタケノコも」

「お?分かってるねぇ。タケノコはもう少し待ったほうが良さそうだね。ネギと白菜とお肉多めね」

 お肉を山盛り取ってくれたので一切れ口に入れると、柔らかい食感とジューシーな味わいが口に拡がる。

「うっま!?マジ美味いっすよ!めっちゃ柔らかいし、すげぇ!先輩も早く食べてください!」

「もう、はしゃぎすぎだよぉ。どれどれ・・・(パクリ)、うっま!?なにこれ!?すっごく柔らかいね!」

「松坂牛やべぇ、箸がとまらん」モグモグ

「どうしよぉ、コレ、絶対、太るやつだよぉ」モグモグ

 その後は二人とも「うっま!」と連呼しながら食べ続けたが、お酒は乾杯のビールだけにしておいた。逆に先輩は、ビールだけでなく、途中から麦焼酎をお湯割りでグイグイ飲み始めたが、結構飲んではいたけどほろ酔い程度だった。
 そういえば、以前自分でもお酒は強いと言ってたし、たまに会社帰りに飲みに行っても、ベロベロになるまで酔った姿は見たことないな。


『#10 馴染む二人』につづく。


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