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小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#16

#16 アラサーと後輩のリスタート

 朝、起きた時はまだ少し不安だったけど、朝食を食べてからの先輩は落ち着いた様子で、表情は穏やかだ。昨日の夜が一番のドン底で、そこから一夜明けて浮上したというより、達観したようにも見えるけど。

「きっと、もっと知るべきだったと思う。自分のことたくさん話して、桃田君にもたくさん話を聞かせてもらって、私のことをたくさん知って、桃田君のこともたくさん知って、さっき桃田君が言ってた、お互いが共感できる関係を築くべきだった」

「そうっすね。でも、後悔してるって言ってますけど、それって、今からでもできますよ?俺は、まだ手遅れじゃないって思うんすけどね」

「まだ間に合うの?まだ、チャンス、あるの?」

「先輩も俺もまだまだ未熟だと思うけど、そうやって反省とか後悔とかを糧にして、『どうすれば良かったか?』とか考えて成長するもんじゃないっすか?そういう成長を否定するつもりはないですよ。だいたい、今日も一日一緒に過ごすって決めてますからね。どうせ他にすることないんだし、たくさんお喋りしましょうよ」

 俺が素直な気持ちで話すと、先輩はホロリと涙を零した。

「桃田君。私、あなたのことが大好き。今からでも私のこと、桃田君に知ってほしい。私が桃田君を選んだんじゃなくて、今は、私が桃田君に選ばれるような人になりたい」

 そういえば、昨日の夜『私が桃田君を選んだの!』とか言ってたな。あの時は全然嬉しくなかったけど、今の先輩の言葉は、グッとくるな。

「また泣いて。ホント、泣き虫っすね」

 そう言って、箱ティッシュをテーブル越しに渡した。

「だってぇ、ももだぐんがぁ」

「じゃあ、先輩が泣きやむまで、俺の話を聞いてもらいましょうかね」

「うん、はなじで。ももだぐんのはなじぎぎだい」

 先輩は鼻水を垂らしながらそう言うと、ティッシュで鼻をずびーっと豪快にかんだ。

「では。平成13年、西暦だと2001年の9月18日、岐阜県の羽島市でサラリーマンの父ノボルと専業主婦の母マサヨの間に産まれ、2つ上の姉アキヨと5つ下の弟ケンジの家族に囲まれて育ちまして」

「え!?そこから話すの!?」

「初恋は同じ幼稚園で近所に住む笹原チカちゃんでって、子供の頃は興味なかったっすか?」

「う、うん・・・いや、興味がないわけじゃないけど、もっとこうなんていうか・・・今の話が聞きたいかな?」

「では、会社に入ってからの話にしましょうか?」

「そうしてほしいかな。私と出会ってからのほうが興味ある、かな?」

「では。令和5年に名古屋の私立大学を卒業した俺は、その年の4月に今の会社に入社して」

「毎回年号から話し始めるのって、桃田君のこだわりなの?」

「いや、そのほうが時系列順で分かりやすいと思って。えっと、それで、先輩と出会ってからの話でしたね。第一印象は『綺麗な人だなぁ、っていうか、胸、デカ!こんな人と同じ職場なんて超ラッキ~』って感じでしたね」

「ひっど!なにそれ!?そんな目で私のこと見てたの!?超最悪じゃん!」

 ふふふ。俺の話術に先輩はもう、泣いていたことすら忘れているな。

「でも先輩だって、多少はそういう男の目とか気にしてるでしょ?」

「うーん・・・まあ、そうなんだけど、あからさまに面と向かってそんなこと言われたの、初めてだよ。なんか力が抜けるっていうか、さっき泣いたのがバカみたい。『私の涙、返せ!』って感じだよ」はぁ

「でも、仕事に慣れ始めた頃に先輩から彼氏がいる話を聞いた時は、『こんだけ美人でしっかりした人なら、そりゃ彼氏の一人や二人いるわなぁ』って思いましたね。だからって、特に先輩に対しての態度とか距離とか変えなかったと思います」

「やっぱり桃田君って、そういうところはドライなんだね」

「それで金曜の話なんですけど、課長たちと飲んだあとに先輩に『もう少し飲もう』って誘われた時は、別になにかを期待してたとかは無くて、『そういや、先輩と二人きりで飲んだことないな』って思ったくらいで、『どうせ週末はすることなくてヒマだし、もう少し遅くまで飲むのもいいな』ってついて行くことにしたんです」

「まぁ、会社の同僚ってだけなら、そんなものよね」

「ところで、バーで飲んで俺が泥酔してから色々先輩に言ったらしいですけど、実際のところ、俺、先輩になにを言ってたんです?」

「あー、うん、それはね、最初は『先輩みたいな美人でも、失恋とかするんすね』とか『恋愛で失敗とか経験したことが無いから、ショックが大きいんでしょ?俺なんて、そんなの山ほど経験してるから、いちいち落ち込んでなんていられないっすよ』って、桃田君なりに慰めようとしてくれてたね」

 ふむ、俺なら言いそうだな。

「それで、私、お酒で負けない自信があったから、強めのお酒を何度も頼んで一緒に飲んで、桃田君も酔えば酔うほどジャンジャン飲んで、『俺だったらこんな美人の彼女がいたら、ぜってー浮気なんてしねーっすよ!そんなバカタレ、さっさと忘れたほうがいいっすよ!』って、怒ってくれたの」

「自分のことながら、目に浮かぶ・・・」

「でも、あの時の桃田君、すごく酔ってたけど、『俺でよければ聞きますよ?もうこの際、何でも話してくださいよ!』って、普段のやる気のない感じとは全然違って、私もそんなふうに慰めてくれるのが嬉しくて、今まで誰にも言わずに溜めてたものとか吐き出せたんだよね」

「ああ、それで、妹さんとか実家のことも?」

「うん。あと、クリスマスを一人で寂しかったとか、会社のこととか年齢のこととかもね。桃田君って言葉は軽いけど、1つ1つちゃんと返してくれたんだよね。『俺だってクリスマスは一人だったんすよ?そんなことなら一緒にヤケ酒でも飲んで過ごせば良かったっすね!』とか、『28なんてまだまだっすよ!ウチの会社でも30過ぎで独身とかゴロゴロいるじゃないっすか!』とか、『歳のことで愚痴っていいのは30過ぎてからですよ?奴らが聞いたら怒られますよ?』って、年下の男の子にあんなふうに慰められるのが、気持ち良かったんだと思う」

「そういえば、昨日の朝もそんなこと言ってましたね」

「他の人なら、愚痴なんて面倒そうに聞いたり、適当に相槌打ってあんまり聞いてくれなかったりするのに、桃田君は酔ってても、ちゃんと聞いてくれてたんだよね」

「だから昨日の朝、俺が全部忘れてたから激怒したんすか・・・」

「そうだね。でも愚痴ったり慰めてくれたりとかよりも、もっと大事なことも言ってたんだよ?」

 それなんだよな・・・結婚でも匂わせて口説いた疑惑があるんだよな。
 聞きたくないなぁ。でも、聞かないとダメなんだよなぁ。

『#17 一夜の核心』につづく。

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