小説『死せるアラサー、生ける後輩を走らす』#12
#12 甘えと優しさ
バスルームを出ると、狭い洗面所で二人とも下着を身に着け、肌着と上下グレーのスウェットを着てから部屋に戻った。
時刻は21時を過ぎたところ。今日は色々ありすぎて疲れているからさっさと寝たいけど、さすがに寝るには早すぎるか。
でも、することがない。そして、先輩とお喋りするには、今のモヤモヤした気持ちのままなにを話せばよいのやら。
手持無沙汰をごまかすように床に座り、スマホをいじり始めると、先輩が話しかけてきた。
「桃田君、昨日とは別人みたいだね」
「え?昨日?」
「うん。だって、昨日はすごかったのに今日は裸でキスしても、全然手を出そうとしないじゃない」
すごかったって、なにをしたんだ昨日の俺。いや、だいたい想像はつくけど。
「さすがにシラフじゃ手を出しませんよ。っていうか、手を出されても平気なんですか?」
「すでにしちゃったってのもあるけど、でも平気とはちょっと違うかな。桃田君を引き留めている以上は、それくらいは当然ってことかな」
「別にそんなことしなくても、帰ったりしませんよ。今日と明日はここにいるって約束はちゃんと守ります」
「だからだよ。桃田君は律儀に私のそばにいてくれて、昨日だって私のこといっぱい慰めてくれて、私は年上で先輩なのにそれに甘えて、桃田君にばかり負担をかけるのはやっぱり心苦しいし、いっそのこと体目当てでいてくれたほうのがお互いさまになれて吹っ切れそうじゃない」
「昨日の俺は、そんなこと言われたらシメシメって喜んでたんでしょうけど、今はそんな気分になりませんよ。いいじゃないっすか、一緒にいて楽しいと思ってるんだから。今朝みたいな地獄の状況ならそんな気持ちになれなかったけど、一緒にすき焼き食べながらお酒飲んで、それで俺は満足してますよ」
「ホントに満足してるの?泣き虫だしわがままで面倒だとか思ってない?」
「それは思ってますね。でも、それと同じくらい面白い人だなぁって思ってますよ。毎回便器にお尻ハマったり、グレーのスウェットをこよなく愛して、スイーツ食べてる時は子供みたいに可愛いし、でも大人なのに鼻水垂らして大泣きして甘えて、スーパーだと恋人気取りで見栄はってるのにダサいペアルックだし、エプロンが似合って意外と家庭的だったり、食事中とか俺の膝とか肩をバンバン叩きながら楽しそうに話して、会社じゃ見れない姿たくさん見れて面白いですよ」
「普通、こういう時は、『わがままで面倒だなんて思ってませんよ』って言わない?」
「思ってもいないこと言っても説得力ないでしょ?だって先輩、家だと本当に我儘だもん」
「じゃあ、私がわがまま言ったら、聞いてくれるの?」
「内容次第?」
「ギュっと抱きしめててくれる?なにも言わないで抱きしめてるだけでいいから」
腕組みして、検討するフリをしてから答える。
「うーん・・・却下」
「む。じゃあ、寝る時、手を繋いでてくれる?」
「うーん・・・却下」
「なんでよ!手くらいいいじゃない!中学生でも手くらい普通に繋ぐよ!?」
「だって、先輩の下心が透けて見えるもん。お風呂での前科がありますからね」
「下心くらいあったっていいでしょ!?28なんだもん!したい時くらいあるよ!昨日散々やった桃田君が言える立場なの!」
「『あの時はあの時。今は今なの』なんでしょ?」
「むー・・・優しくない」
「甘やかすのは、優しさとは違いますよ」
「またそういう正論言って!会社でもそう!普段は調子がいいことばっか言ってるくせに、なにかあるとすぐ正論で相手を追い詰めるじゃん!」
「会社のことは今は関係無いでしょ?」
「関係無く無い!」
とうとう逆ギレかよ。なんなんだよ、全くもう。
「もう!年下なのにナマイキ!ムカツクムカツクムカツク!」
「ハイハイ、ナマイキデスミマセンデシター」
そう言って背を向けて手に持ったスマホに視線を落とすと、背後からポカポカ殴られた。
「や、やめて!痛いからマジやめて!」
「ムカツクムカツクムカツク!」
防御しながらも床をズリズリと後退すると、壁に追い込まれた。
「ナマイキな年下の後輩も!若い女作って浮気するクソも!全部ムカツク!」
せっかくお買い物とすき焼きで機嫌がよくなってたのに、またこれ?
やっぱ、アラサーの情緒マジやべぇ。
「昨日はもっと優しかった!たくさん甘えさせてくれたの!俺がずっとそばにいますよって言ってくれたの!すごく嬉しかったんだから!」
エェ・・・昨日の俺、調子よすぎじゃね?
「だから、『あの時はあの時。今は今なの』なん――」
「うるさい!」
いや、アンタが一番うるせーよ。
どうすんだ、これ。今日、一番手が付けられねーぞ。
「昨日も今日も甘えるの!毎日甘えるの!桃田君は私をたくさん甘えさてくれないとダメなの!」
なんで俺ばっかり・・・
ん?待てよ?そもそも、なんで俺なの?
確かに会社じゃ仲がいい先輩後輩だけど、昨日まではプライベートの付き合いは一切なかった所詮会社の同僚程度の仲だったぞ?課の飲み会だって他にもメンバーいたのに、俺だけ2件目に誘って二人きりになったのって、先輩の希望でそうしたんだよな。なぜ俺を?
それに、ずっと解せなかったのが、なぜ俺はラブホではなく先輩の部屋に来てるんだ?飲んだあとにお持ち帰りするなら、普通ラブホじゃね?
「先輩、どうして俺なんですか?愚痴を聞いてくれそうな同僚なら俺以外にもいたのに、どうして俺を2件目に誘ったんですか?」
「え!?どうしてって・・・」
『#13 昨夜の真相』につづく。
