メールでブランドを好きになった経験はありますか? ロイヤルユーザーは、育てるのではなく出会うもの
「新規顧客をリピーターへ育て、最後はロイヤルユーザーにする」
CRMでは、このような顧客育成の階段がよく描かれます。
しかし、本当に企業は、ライトユーザーをヘビーユーザーへ育てているのでしょうか。
もともとそのカテゴリーを頻繁に利用する可能性が高かった人が、たまたま自社と出会い、その人が持っていた購買ポテンシャルが後からデータに表れただけかもしれません。
だとすれば、ヘビーユーザーを増やすための予算は、限られた既存顧客を育てることよりも、ポテンシャルを持つ未顧客と広く出会うことに使った方が効率的です。

メールやLINEでブランドを好きになったことがありますか?
ここで、自分自身の消費経験を振り返ってみてください。
企業から届いたメールやLINE、アプリ通知をきっかけに、そのブランドへの愛着が明らかに高まった経験を、いくつ思い出せるでしょうか。
片手では足りないほど思い浮かぶ人は、どのくらいいるでしょう。
Kantar WorldpanelのBrand Footprintによると、世界の平均的な世帯が1年間に選ぶFMCGブランドは約55です。このブランド数は約10年間、ほぼ変わっていないと報告されています。
これは、食品や日用品などに限った数字です。
洋服、家電、自動車、外食、金融、通信、アプリ、動画配信などを加えれば、私たちはさらに多くのブランドを利用しています。
仮に、メールやLINEによって愛着が高まったブランドを5つ思い出せたとしても、FMCGの55ブランドだけを分母にすれば約9%です。
2ブランドなら約4%にすぎません。
私たちは大量のブランドを利用している一方、企業からの継続的な配信によって、そのブランドを明確に好きになった経験は驚くほど少ないのではないでしょうか。
もちろん、思い出せないから施策に効果がなかった、とまでは言えません。
メールやLINEには、購入時期を思い出させる、商品の使い方を伝える、クーポンで購入を促す、再購入の手間を減らすといった役割があります。本人が意識していない小さな影響もあるでしょう。
したがって、この問いはCRMの無効性を証明するものではありません。
それでも、CRMによって顧客の愛着や需要量を大きく変えることは、企業が期待するほど頻繁には起きていないのではないかという疑問は残ります。
購入回数が増えても、育成の証明にはならない
初回購入者にメールやクーポンを送り、その後の購入回数が増えたとします。
企業は「CRM施策によって顧客を育成できた」と考えたくなります。
しかし、データから確認できるのは、施策の後に購入が増えたという順序です。施策が原因で購入が増えたとは限りません。
その人は、もともとカテゴリーの購入頻度が高かったのかもしれません。
生活環境が変わって必要量が増えた可能性もあります。他社で買っていた需要が自社へ移っただけかもしれません。一時的に購入回数が上振れしたことも考えられます。

ヘビーユーザーは、育てた結果ではないかもしれない
Ehrenberg-Bass研究の基礎となるNBD-Dirichletモデルは、カテゴリーの購入率が人によって異なり、各ブランドの選択には確率的な揺らぎがあると捉えます。
顧客が企業との関係を一段ずつ深めると仮定しなくても、購入頻度、リピート、ブランド選択などの購買パターンを確率モデルで記述できます。
たとえば、カテゴリーを月10回買う人と月1回しか買わない人では、自社が選ばれる確率が同じでも、自社商品の購入回数は大きく変わります。
月10回買う人は、一定確率で自社を選ぶだけでヘビーユーザーになります。
つまり、企業がヘビーユーザーを育てたのではなく、もともとカテゴリー需要量の大きい人と出会った結果、ヘビーユーザーとして観測されている可能性があります。

ロイヤルティ施策の効果は過大評価されやすい
ロイヤルティプログラムでも同じ問題があります。
会員の購入額が非会員より高くても、会員制度によって購入額が高くなったとは限りません。もともとその企業をよく利用する人ほど、ポイントを受け取るために会員になりやすいからです。
Leenheerらの研究では、この自己選択を調整した後も、ロイヤルティプログラムには小さいながら有意な効果が残りました。
しかし、その効果は、自己選択を考慮しない単純なモデルが示す効果の7分の1でした。
顧客育成は完全な幻想ではありません。しかし、会員と非会員の差の大部分を、企業の育成成果と考えるのは危険です。
CRMは一定の購買確率を高められても、その人が持つカテゴリー需要量や生活条件まで、自由に変えられるわけではありません。
育てるより、出会う方に予算を使う
では、ヘビーユーザーを増やすために、どこへ予算を使うべきでしょうか。
Riebeらが医薬品と金融サービスの顧客基盤を分析した研究では、ブランドの成長と縮小のどちらにおいても、通常と異なる顧客獲得の動きが、通常と異なる離反より強い役割を果たしました。利益の改善についても、獲得の方が大きく寄与するというシミュレーション結果が示されています。
まだ自社を買っていない人の中にも、カテゴリーを頻繁に利用する人は存在します。
しかし、誰が将来のヘビーユーザーになるのかを、購入前に完全に見分けることはできません。
だからこそ、現在の顧客だけを細かく選別して育成するより、広いカテゴリー購買者へ継続的にリーチする必要があります。
限られた既存顧客を大きく変えようとするより、ポテンシャルを持った多くの人と出会う方が、成長予算の使い方として合理的です。

マーケターの仕事は、出会いを増やし、障壁を減らすこと
「ロイヤルユーザーは出会うもの」といっても、偶然を待つという意味ではありません。
マーケターは、出会える確率を高められます。
広いカテゴリー購買者へリーチし、ブランドを知っている人を増やす。
カテゴリーエントリーポイントとブランドを結びつけ、必要になった場面で思い出してもらう。
店舗やECで見つけやすくし、在庫、配送、決済を整える。
価格や品質への不安、購入手続きの面倒、利用時の不満を減らす。
これらは、顧客を別人に変える施策ではありません。
すでに存在する購買ポテンシャルが、自社の売上として発現するまでの障壁を取り除く施策です。

CRMは、出会った需要を取りこぼさないために使う
CRMも必要です。
ただし、その役割を、ライトユーザーを自在にヘビーユーザーへ変える育成装置だと考えるべきではありません。
必要になるタイミングで思い出してもらう。
商品の使い方を伝え、購入前の不安を減らす。
再購入の手間や、離脱につながる不満を減らす。
CRMは顧客を別人に変える装置ではなく、出会った需要を取りこぼさないための装置と考えた方が現実的です。

まず、出会える範囲を広げる。
そして、出会った人が選ぼうとしたときの障壁を減らす。
ロイヤルユーザーをゼロから育てることに賭けるのではなく、すでに市場にいるポテンシャルの高い人と出会い、その需要を取りこぼさない。
それが、より再現性の高いマーケティングなのではないでしょうか。
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参考文献・参考URL
Kantar
“Breaking in to ‘Go-to groceries’ is key to FMCG growth”
Goodhardt, G. J., Ehrenberg, A. S. C., & Chatfield, C.
“The Dirichlet: A Comprehensive Model of Buying Behaviour”
https://academic.oup.com/jrsssa/article/147/5/621/7106064
Leenheer, J., van Heerde, H. J., Bijmolt, T. H. A., & Smidts, A.
“Do Loyalty Programs Really Enhance Behavioral Loyalty? An Empirical Analysis Accounting for Self-Selecting Members”
https://doi.org/10.1016/j.ijresmar.2006.10.005
Riebe, E., Wright, M., Stern, P., & Sharp, B.
“How to Grow a Brand: Retain or Acquire Customers?”
https://doi.org/10.1016/j.jbusres.2013.08.005
