人を好きになるということ。
今、私には好きな人がいる。
この年齢になって
ようやく私は「人を好きになる」ということの意味を、少しずつ理解し始めているような気がする。
昔の私は、恋をすると、とても苦しかった。
相手の言葉ひとつで嬉しくなり
少し連絡がなければ不安になり
相手の気持ちが見えなくなると、自分の存在まで頼りなくなる。
好きなのだから仕方がない。
恋愛とは、そういうものなのだと思っていた。
けれど今は、少し違う。
今好きな人に、私は最初から不思議な安心感を覚えていた。
強烈に惹かれた、というよりも
「この人のそばなら、心を急がせなくてもいいのかもしれない」
そんな感覚だった。
好きな気持ちよりも、安心を。
言葉よりも、行動を。
器用な愛情表現よりも、不器用さの中に見える誠実さを。
燃えるような想いよりも
穏やかに流れていく時間を。
若い頃なら、少し物足りないと思ったのかもしれない。
もっと分かりやすい言葉が欲しい。
もっと私を求めてほしい。
もっと、もっと。
そうやって「好き」という気持ちの証明を、相手から受け取ろうとしていた気がする。
でも、人を好きになるということは、本当はもっと静かなものなのかもしれない。
その人には、その人の人生がある。
朝起きて、仕事へ行き、誰かと話し、疲れたり、笑ったり、一人になったり。
私の知らない時間を生きている。
そして、私にも私の人生がある。
好きな人ができたからといって、その人の人生を私が歩くことはできない。
反対に、その人に私の人生を歩いてもらうこともできない。
私は私の道を歩き、その人はその人の道を歩く。
そして、ときどき二つの道が近づいて
同じ景色を眺めたり
言葉を交わしたり
嬉しかったことを伝えたり
疲れた日に「お疲れさま」と言い合ったりする。
そんな時間が、少しずつ重なっていく。
恋愛って、本当はそれくらいの距離が心地いいのかもしれない。
以前の私は、不安になると、相手の心の中へ入り込もうとしていた。
今、何をしているのだろう。
どうして連絡がないのだろう。
私のことをどう思っているのだろう。
気持ちは変わっていないだろうか。
けれど最近、ひとつ気づいたことがある。
不安になっている時の私は、自分の人生から離れて、相手の人生を歩こうとしているのかもしれない。
相手の時間を想像し
相手の感情を想像し
まだ起きてもいないことまで想像して
気づけば私の心の中が、その人だけになっている。
でも、そんな時こそ、
「私は今、どうしたい?」
と、自分のところへ戻ればいい。
本を読みたいなら、本を読む。
空が綺麗なら、空を見る。
美味しいものを食べて
ねこと過ごして
好きな文章を書いて
今日という自分の一日をちゃんと生きる。
好きな人を想いながら
それでも私は、私の日常を愛でていていい。
むしろ、そうでありたいと思う。
人を好きになるということは、相手を自分のものにすることではない。
自分がこれだけ想っているのだから
あなたも同じだけ返してください、と求め続けることでもない。
もちろん、恋愛なのだから期待する。
会いたいと思うことも
声を聞きたいと思うことも
寂しくなることもある。
それを無理に「求めてはいけない」と押し込める必要もないと思う。
相手を尊重することと
自分が我慢することは
きっと違う。
相手の気持ちを大切にするように
私の気持ちも同じくらい大切にしていい。
それが今の私には、とても大事なことに思える。
だから私は、一回一回のやり取りだけで、その人との関係を決めないようにしたい。
今日は優しかった。
今日はそっけなかった。
今日はたくさん話せた。
今日はあまり話せなかった。
そんな一日一日の「点」だけを見ていたら、心は簡単に揺れてしまう。
そうではなくて
これまで交わしてきた時間を
ひとつの長い「線」として眺めてみる。
その人は、これまでどんなふうに私と関わってくれたのか。
言葉と行動は、どんなふうにつながっているのか。
そして私自身は、その人と関わることで、どんな自分になっているのか。
安心できているだろうか。
私らしくいられるだろうか。
自分の気持ちを押し殺してはいないだろうか。
恋愛の方向を教えてくれるのは
一瞬の熱量より
積み重なった時間なのかもしれない。
そしてもうひとつ。
誰かを好きになるということは
自分の世界を、その人に少しずつ見せていくことなのかもしれない。
今日、こんな空を見たよ。
こんな本を読んだよ。
こんなことが嬉しかった。
今日は少し疲れた。
こんなものを食べた。
こんなことを考えていた。
そんな、一見どうでもよさそうな日常を
なぜかその人には伝えたくなる。
そして、その人の日常も知りたくなる。
特別な出来事だけではなくて
何でもない一日を共有したいと思う。
一緒に笑いたい。
悲しい時には、一緒に悲しみたい。
頑張っている時には応援したい。
疲れている時には、そっとしておきたい。
それはきっと、
「私を見て」
だけではなく
「あなたの世界を、少しだけ見せて」
という、心の扉を開くことなのだと思う。
好きな人がいるというだけで
いつもの空が少し綺麗に見えたり
美味しいものを食べた時に
「あの人にも食べさせてあげたいな」
なんて思ったりする。
そんな自分を、私は楽しんでいたい。
その人から何かを受け取れるから好きなのではなく
ただ、その人を好きだと思える自分の心を
大切にしてみたい。
そして、その人へ向けている優しさを
少しだけ自分にも向けてみる。
無理していない?
疲れていない?
今日はちゃんと休めた?
寂しかったね。
でも、大丈夫。
あなたには、あなたの人生があるよ。
そんなふうに、自分にも声をかけてあげる。
人を好きになることで
自分を見失うのではなく
むしろ、自分の輪郭が少しずつ見えてくる。
私は何を大切にしたいのか。
どんな関係なら安心できるのか。
どんな愛し方をしたいのか。
そして、
どんなふうに愛されたいのか。
その全部を知っていくことも
恋をするということなのかもしれない。
それぞれが、それぞれの人生を生きる。
その途中で出会って
ときどき道が交差する。
ずっと隣を歩く日もあれば
少し離れて歩く日もある。
それでも
振り返った時
「ああ、この人と出会えてよかった」
そう思える時間を積み重ねていけたらいい。
好きだから、捕まえるのではなく。
好きだから、委ねすぎるのでもなく。
好きだからこそ
相手の人生を尊重する。
そして同じように
私の人生も尊重する。
今の私は
そんなふうに誰かを好きでいたい。
燃えるような恋ではなくてもいい。
穏やかな光のように
日常の片隅をそっと照らしてくれるような想いでいい。
誰かを好きになった私も
その人とは別の場所で笑っている私も
どちらも大切な私だから。
私は私の人生を歩く。
あなたは、あなたの人生を歩く。
そしてその途中で、
何度でも互いの景色を持ち寄れたなら。
それはきっと
私がずっと探していた
「人を好きになるということ」
なのだと思う。
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