25
私には、歳の離れた兄と姉がいる。
兄が15歳、姉が13歳のときに、私は産まれた。
今では普通になってきているのかもしれないが、
当時だとあまり多くは無い高齢出産。
無事に私が産まれてくればいいものの
母は私を産んだ後、
大量出血し生死を彷徨うことになる。
その時に流体離脱を経験したらしく、
「沢山の医者たちが、ベットの上で死にかけの私を興味深そうに覗き込んでいるところを上から見たんだ!」
と耳にタコが出来るくらい聞いているんだから
母子共に元気に過ごせているんだけど。
変な話、
母は私を授かった時、
産みたくなかったらしい。
こんなことを言うなんて親としてどうなんだ!!
っていう人もいるかもしれないけれど、
ある程度2人の子育ても落ち着いてきて、
さー、これからまた自分の人生!って時に
また子育てを1から…
私も同じ立場ならどうしようって考えてしまうと思う。
「こんなこと子供に言う親、普通はいないよね。」
なんて泣きながら言う母を一切傷つくこともなく
聞いている私は間違いなく、
沢山愛情を込めて育てて貰っていたから。
たくさんの人の愛を常に感じ生きてきたから。
そして、母も私にこのことを話してくれたのは
愛情を込めて育てた自信が
ちゃんとあったからなんだろうな。と、
今、文字に起こしながら感じている。
当時の気持ちを素直に
伝えてくれた母を
私はすごく人間らしいと愛おしく思うし、
私も母のように、
本音を言っても愛されるくらい、
真っ直ぐで素直な人でありたいと心から思った。
・・・
自己肯定感は割と高い方だ。
でもそれは、
環境がそうさせてくれたのだと
大人になってから色んな場面で感じることが増えた。
この環境が決して
当たり前のことでは無いことも。
だからこそ
自分なんて…
と否定的な発言を
私はあまり口にしたくない気持ちが増した。
自己肯定感が高いのは、
自分大好きナルシスト人間ってわけじゃない。
私にとっての自己肯定感というのは、
周りへの感謝の表現だから。
・・・
今はただの記録だし、
見てる人もいるかわからないけれど
(だからこそ書いているけれど)
真っ直ぐ素直で愛のある人
になりたいと思って過ごしている。
たくさんの人から愛されますように。
これは私の名前の由来。
私と関わってくれる人には、
与えられた愛以上の
愛を返せる人でありたい。
ちゃんと返せているかな。
与えられてばかりではなくて、
自分からも渡せているかな?
もちろん、まだまだこれからだけど。
・・・
そう、そんな私は今日で25歳。
産んでくれて、ありがとう。
育ててくれて、ありがとう。
おめでとう言われたら
いつもありがとう。を
自分の誕生日は、
周りへの感謝の日にしたい。
そしてここまで読んでくれた人、
いるのかな?
いるのならば、
本当に、ありがとうございます。
私と出会ってくれてありがとう。
心からいつも私は思っています。
決して器用な人間ではないけれど、
この思いが伝わっているといいな。
私は今日もみんなのおかげで幸せです。
