見出し画像

台本を誰よりも覚えていったのに「一番硬い」と言われた——覚え方には2種類ある、と気づくまで

#疑問が学びに変わるとき #演技 #創作 #脚本


一週間かけて完璧に覚えていった日のこと

演技を習い始めて半年のころ、レッスンで『次までに台本を完璧に覚えてこい』と言われました。

一週間かけました。通勤中も風呂でも繰り返して、句読点の位置まで一字一句入れていきました。当日、間違えたのは一箇所だけだったと思います。

講師に言われたのは、『君が一番硬い』でした。理由の説明はありませんでした。

このとき私の頭にあったのは、言われた通りにやったのに、なぜ一番できていないことになるのかという一点でした。

反論はしませんでした。ただ納得もしていなくて、この疑問は数年残ることになります。答えが分かったのは、自分が稽古をつける側に回ってからでした。

「ちゃんと覚えてきた人が硬い」は、毎回起きる

演出の側に立つと、同じ現象を何度も見ることになります。

台詞が完璧に入っている人が、いちばん相手の芝居に反応しません。少し曖昧な人のほうが、相手の言い方が変わったときに、こちらも変わってくれる。

最初は、生真面目な人ほど萎縮しやすいのだろうと考えていました。性格の問題として見ていたわけです。ですが、同じ人が別の日には柔らかいこともある。性格では説明がつきませんでした。

分かれ目になっていたのは、その台詞をどうやって覚えたかでした。

覚え方には2種類ある

台詞を覚えるという作業は、実際には2つに分かれています。

ひとつは、音として覚える覚え方です。文字列の並びを頭に入れて、順番通りに再生する。一字一句の正確さを求めると、自然にこちらになります。

もうひとつは、用件として覚える覚え方です。この台詞で相手に何をさせたいのか、を頭に入れる。「謝らせたい」「帰らせたくない」「話を終わらせたい」といった形になります。

音で覚えた台詞は、相手の言い方が変われば壊れます。再生する順番が決まっているので、想定と違う球が来ても同じ球しか返せません。それが外から見ると硬さになるのです。

用件で覚えた台詞は、相手が変わっても用件が残ります。言い方が変わるだけで、やろうとしていることは同じなので、返し方を変えられます。

「一週間かけて一字一句入れた」私は、完全に前者をやっていました。真面目にやったぶん、きれいに硬くなっていたということになります。

「正確に覚えるのは基本だ」は、正しい

先に認めておきたいことがあります。

台詞を正確に覚えるのは、現場に出れば前提になります。撮影で台詞が出てこなければ止まるし、舞台なら相手の段取りが崩れます。曖昧なまま本番に行っていい、という話にはなりません。

私を叱った講師も、覚えるなとは言っていませんでした。「覚えてこい」と言った本人が「硬い」と言っているので、そこは矛盾しているように聞こえます。

ただ、あとから分かったのは、覚えることと、覚え方を一つに絞ることは違うという点でした。音でも覚える。そのうえで用件でも覚える。両方入っている状態が抜けていたわけです。

具体的な例:22歳のときの自分の、5行の台詞

ここから先は、当時の台詞ひとつを、最後まで一緒に見ていきます。

22歳。稽古場に通い始めて半年。場面は、恋人と別れ話をしている途中で、こちらが引き止める側でした。台詞は5行あります。

問題の台詞は、こうでした。

「待って。今の話、俺まだ何も返してない。座ってくれないか。一回だけでいい。話が終わってからでいいから」

私はこれを、この文字列のまま覚えていました。相手役が立ち上がるタイミングも、間の取り方も、全部そこに合わせて練習していました。

当日、相手役は立ち上がりませんでした。座ったまま、こちらを見ていました。

私は「座ってくれないか」と言いました。座っている人に向かって。

手順1:一度、全部を自分の言葉に言い換える

台本は閉じないで進めます。閉じると思い出す作業になってしまい、用件を取り出す作業になりません。

台詞を見ながら、その意味を自分の普段の言葉で言い直します。文学的にする必要はなく、むしろ雑なほうがうまくいきます。

22歳の台詞の場合

さきほどの5行を言い直すと、こうなりました。

行くな。まだ話は終わってない。

5行が2行になりました。このとき気づいたのは、台詞の大半が「行くな」を言い換えているだけだということでした。「待って」も「座ってくれないか」も「一回だけでいい」も、全部同じことをやっています。

手順2:用件を1行で書いて、台本の余白に入れる

言い直したものを、さらに1行にします。相手に何をさせたいか、の形で書くのが要点になります。

「悲しい気持ちを伝える」のような、自分の内側のことを書かないようにします。用件は必ず相手側に効果が出るものにします。悲しさは相手に何もさせません。

22歳の台詞の場合

余白に書いたのは、この1行でした。

この人を、今この部屋から出さない。

書いた瞬間に分かったのは、「座ってくれないか」は手段のひとつにすぎないということでした。相手が座っているなら、座らせる必要はない。ドアの前に立ってもいいし、黙っていてもいい。

用件が1つあって、台詞はその実行手段として置いてある。順番が逆になっていたのです。

手順3:元の台詞に戻して、そのまま覚える

ここが飛ばされやすいところになります。

用件が分かると、台詞を自由に変えていいような気がしてきます。変えません。元の台詞を、一字一句そのまま覚え直します。

用件を書いたあとで同じ台詞を覚えると、入り方が変わります。文字列の下に用件が敷かれている状態になるので、相手が想定と違う動きをしたとき、台詞は同じまま言い方だけを変えられるようになるのです。

22歳の台詞の場合

同じ5行を覚え直しました。次の稽古で、相手役はまた座ったままでした。

私は同じ台詞を言いました。「座ってくれないか」を、座っている相手に向かって言いました。ただし今度は、立ち上がりかけた相手を押しとどめる言い方になっていました。

講師に言われたのは、「今のは通じてる」でした。台詞は一字も変えていません。

切り替えた直後、逆に台詞が飛ぶようになった

正直に書いておくと、この覚え方に変えた直後、私は台詞を飛ばすようになりました。

用件のほうが頭にあるので、用件さえ果たせば文言が多少違ってもいい気がしてしまうのです。実際には、こちらの台詞が変わると相手のきっかけが消えるので、現場では困ることになります。

音と用件の両方が入るまで、2週間ほどかかりました。片方に寄っているあいだは、どちらに寄っても別の形で崩れます。

それから、この方法が効きにくい場面もあります。台詞が極端に短い場合です。「はい」「いえ」だけの役では、用件を書いても取り出せるものが少ない。その場合は、台詞より前の状況を決めるほうが早くなります。

実践ワーク:台本は閉じず、余白に1行だけ書く

思い出そうとするところから始めると、音の記憶を強化するだけになってしまいます。台本を開いたまま、自分の台詞のうち一番長いものを1つ選んでください。

そのうえで、余白に1行だけ書きます。

  1. その台詞を、自分の普段の言葉で雑に言い直す。短くなってかまわない

  2. さらに縮めて、相手に何をさせたいかを1行にする。自分の気持ちではなく、相手側に起きることで書く

  3. 書いたら、元の台詞をそのまま覚え直す。文言は変えない

新しく何かを考える作業ではありません。台詞がもともと持っている用件を、文字の下から取り出すだけの作業になります。

「一番硬い」と言われたのは、手を抜いたからではありませんでした。一週間かけて、片方の覚え方だけを完璧にしていたからだったのです。



いいなと思ったら応援しよう!