小4長男がADHDの診断を受けた話|発達障害|子育て
正直に言うと、
診断を聞いたとき、驚きはありませんでした。
「やっぱりな」と思った、それが本音です。
30代ワーママのbeko(べこ)です。
夫、小4長男、年長次男と暮らしています。
この記事を書くことは、ちょっと勇気がいりました。
心ないコメントがついたらどうしよう…。
長男を悪く誤解されないだろうか…。
それでも、私と同じ立場の方も多くいるだろうから、書いてみます。
違和感は、幼少期からあった
今振り返ると、
「気になること」は小さい頃からありました。
落ち着きがない
喋りすぎる
興味が移ろいやすい
1人遊びができない
切り替えが苦手、こだわりが強い
納得できない変更にはずっと文句を言っている
注意されてる時の声のトーンが読めないから本当にやめてほしい危ないこともまたやろうとする
衝動性が強くてお友達に手が出てしまう
でも当時は、
「男の子だし」
「元気なだけ」
そんなふうに思い込もうとしていました。
成長すれば落ち着く。
そう信じていた部分もあります。
小学生になっても、
その違和感が消えなかっただけで。
ADHDを調べてみたら、当てはまることが多かった
きっかけは、なんとなく。
母親の勘でたぶんそうだろうな、と思ってた部分もあります。
ネットでADHDの特徴を調べて、
チェックリストを見てみただけ。
でも、
「あれ?」「これも?」
と思う項目が、思った以上に多かった。
当てはまらない部分もある。
でも、当てはまる部分のほうが目につく。
「気のせい」と言い切るには、
少し無理がある気がしました。
小学生になっても、小2、小3と進学しても、
こだわりの強さや、
一旦ネガティブな感情に動くと自身で制御が効かない感じはなくなりませんでした。
むしろ、周りはできているから目立つし
こちらも「なんでできないの?」と思うようになっていました。
ある日、長男が皿を床に叩きつけた
決定的だったのは、小3の2月。
夕飯時の夫と長男の口論でした。
些細な注意からエスカレートして大声に。
長男は出口が見つけられなくて、、、。
気づいたら長男は皿を床に叩きつけて割っていました。
割れた皿を見ながら、
「このままじゃダメだな」と思いました。
中学生になったら、体が大きくなったら、
家庭内暴力まっしぐらだと思いました。
子どものためでもあるけれど、
たぶん、私たち夫婦のためでもあったと思います。
もう私たちの力だけではお手上げ、
専門家の助けがいる、と思ったのです。
児相に相談した
子供の扱いに困っていること、
どう伝えても伝わり切ってない感じがある、
向き合い方を教えてほしい
私たち両親の忍耐力も限界に近づいている
そんな相談をしました。
そこでもやっぱり、児童精神科を受診して検査を受けてみては?
と勧められました。
受診の日のこと
児童精神科の予約を取れるまでにも3ヶ月ぐらい時間がかかり、
小4になってからやっと迎えた受診の日。
病院での聞き取りを受ける長男は、
思っていたより落ち着いていました。
そこからさらに検査を受け、診断まで
1〜2ヶ月かかりました。
親のほうが、
ずっとソワソワしていた気がします。
診断結果を聞いて、思ったこと
医師から
「ADHDの特性があります」と言われたとき、
最初に浮かんだ言葉は、
「やっぱりな」
でした。
ショックよりも、
納得のほうが大きかった。
むしろ、私たちのこれまでの苦労や葛藤が肯定されたような気さえしました。
診断の詳細
心理検査
皮肉問題の正答は0でした。
アスペルガー気味で、冗談や皮肉、遠回しな言い方は言外の意味を受け取ることが苦手。
言葉通りに受け取る傾向があるようです。
もし「もう出てって」なんて言ったらたぶん本当に家出するんでしょうね…。
知能検査
言語理解が135と突出して高い割に
ワーキングメモリーが73と著しく低い凸凹具合。
全IQは113と平均以上だが、凸凹が激しく特性ごとに捉える必要があるようです。
言われたことをそのまま記憶する、
口頭で複数のことを言われるなどは
頭の中だけでの整理が難しいようです。
見え方が変わった過去の出来事
診断を受けてから、
これまでのことをよく思い出します。
何度も注意して、
何度も怒って、
「なんでできないの?」と思っていた場面。
努力不足じゃなかったのかもしれない。
やる気がないわけじゃなかったのかもしれない。
そう思うようになって
長男には申し訳なく、胸がぎゅっとしました。
「そんなにいっぺんに言わないで」と
長男からSOSを出したこともあったのに。
気づけてなかった、、、。
そんな後悔が押し寄せます。
Canvaで作った資料で、長男に障害告知をした
長男への説明は、
口頭だけでは難しいと思いました。
なので、Canvaで
簡単な資料を作りました。

「ADHDとは何か」
「できないこともあるけど、得意なこともある」
「困ったときは工夫すればいい」
「障害」ではなく、
「特性」「脳の癖」として伝えることを意識しました。
長男は、
思ったより静かに話を聞いていて、
「ふーん」と一言。
その反応に、少し救われました。
通級や療育、服薬の副作用についても簡単に触れました。
どこまで理解してくれたか分からないけれど、
これからについての予告はできたと思います。
学校とのやりとり
学校とも情報を共有しました。
担任の先生、学年主任の先生、学年を横断したサポートの先生と4者面談。
端的な指示
メモやチェックリストの活用
トラブルの逐次共有
学校内での特性についての情報共有
定期的な面談
をお願いしました。
快く配慮してもらえ、
「わかってもらえている」という安心感がありました。
全部がうまくいくわけではないけれど、
一人で抱えなくていい、
そう思えたのは大きかったです。
今も、試行錯誤の途中
正直に言うと、
今も試行錯誤しています。
服薬も3種類変えてみて、今も様子見しながら継続しています。
療育もまだ空きがなく、始められていません。
通級指導も検討していますが、4月からになりそうです。
うまくいく日もあれば、
全然ダメな日もある。
正解は、まだわかりません。
ふと、長男が何か事件を起こすような、
不吉な未来が頭をよぎって不安になる夜もあります。
でも、
診断を受ける前より、
まだどこかにこの子にあった対処法があるという、
そんな淡い光が見えています。
今、思っていること
診断は、ゴールではありませんでした。
でも、
困りごとに名前がついたことで、
向き合い方が変わりました。
親も、子どもも、
一緒に学んでいく途中なんだと思います。
さいごに
もし今、
同じように迷っている人がいたら。
悩むのは、当たり前だと思います。
相談するのは、弱さじゃありません。
この話が、
誰かの気持ちを少し軽くできたらうれしいです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
同じ状況の方がいればぜひスキやコメントで応援お願いします。
