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効率と自立は両立するのか|母が毎朝選んでいること

効率優先で子どもを急かすのは、間違いなのでしょうか。
自立のためにじっと待つことは、いつも正解なのでしょうか。
朝の10分で、私はそんなことを考えていました。

どうも、30代ワーママのbeko(べこ)です。
夫、小4長男、年長次男と暮らしています。

今日の朝、私はイラっとしました

起床時間を過ぎて声をかけても、長男は起きません。

一度目の声かけに返ってきたのは、
「もういいから、ほっといて。」

正直、カチンときました。

朝は分単位で動いています。
出発時間から逆算して、洗面、朝食、着替え。

ここで崩れると、全部がずれてしまいます。

イラッとするのは、ある意味当然でした。

でも、そのあと少し放ってみようと思いました

言い返しませんでした。
布団もはがしませんでした。

時計は気になります。
遅刻の二文字も頭をよぎります。

それでも、少しだけ待ってみようと思いました。

今ここで力で動かすことはできます。
でもそれは、本人の「起きる」を奪うことでもあります。
楽をできるのは私だけなのかもしれません。

効率を取るか。
自立を取るか。

朝起こすだけの話なのに、
頭の中では天秤が揺れていました。

10分後、もう一度だけ声をかけました

これで最後にしよう。
そう決めて、もう一度だけ声をかけました。

起きました。

いつもより10分遅れましたが、
朝は崩れませんでした。

遅刻もしていません。

待つ=破綻、ではありませんでした。

別の日、私は待つことを選びました

思い出したのは、
「朝ごはんを自分で作りたい」と言った日のことです。

時間がない中で任せた朝。

教えたのは、火加減とコンロのタイマーだけでした。
危険管理だけして、あとは手を出しませんでした。

あの日も、私が朝ごはんを準備するよりも効率は落ちました。

でも彼は、自分でトーストを焼き、
ベーコンエッグを作り、
満足げな顔をしていました。

あれも、待つという選択でした。

両立はいつも完璧には選べません

私は思います。
効率と自立を両立するのは完璧にはいかない。

生活を回さなければいけない日があります。
いつもいつも気まぐれのやる気や
眠気に付き合えるわけじゃない。
でも、自己肯定感を守りたい日もあります。

短期最適と長期最適は、違います。

怖いのは遅刻ではありません。
怖いのは、誰かに管理を丸投げし続け、
いつの日か周りと比べてできていない自分に対し
「どうせ自分はできない」と思う未来です。

10分早く家を出ることよりも、
10年後に自分を信じられることのほうが、
きっと重いのだと思います。

母は毎朝、選択しています

私は、全部待てる母ではありません。
全部急かす母でもありません。

その日の状況で選んでいます。

今日は効率を取る日。
今日は自立を取る日。

効率は一日単位。
自己肯定感は十年単位。

感情で揺れながらも、
私は毎朝、未来の彼らに思いを馳せ、
小さな種まきをしています。

たぶんそれが、母という役割なのだと思います。

最後に

子育てに正解はないと言われます。

でも私は、
「その日、何を優先するか」は選べると思っています。

効率を取る日もあれば、
自立を取る日もある。

そんなふうに、子育てと仕事のあいだで考えたことを、
これからも整理していきます。

感情だけでなく、
仕組みや視点も含めて。

同じように揺れながら進んでいる方は、
ぜひフォローしていただけるとうれしいです。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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