昭和の躾は流血レベル。
〝よそさまに見られても恥ずかしくないように〟躾けられていた私。情熱的な両親からの暴言、ゲンコツや平手などの暴力は ほぼ毎日。
特に感情的になりやすい母は物を投げるのが大好きなタイプで、身の回りにある文具や雑貨は当たり前、時には刃物が飛んでくることもありました。ハサミとかね。(包丁は何度も向けられたけど、放ってこられることはなかった)
厄介なのはご飯の時間にキレられること。
食べ物、特に飲み物や汁物が彼女の視界に入るととても面倒で。理由はご想像に容易いと思うので書きませんが、ガラスや瀬戸物を投げられるのが非常に怖い。
ある時、わりとどっしりしたタイプの急須を投げつけられたんです。咄嗟に体を防御した左手に当たってしまい、手の甲がざっくり切れて大量に出血しました。傷口からお肉がちらり。
怪我をしたあの時、自分が怒りを感じたのか悲しかったのかは、もう思い出せません。
流血といえば、印象深いのがもう一つ。
私のしくじりが原因で、母がスーパーマーケットから自宅へ帰る車内でカンカンになりまして。
スーパー内にある服屋さんで当時流行っていたキュロットスカートを買ってもらったんです。購入した洋服が入った袋を持って食品を買う母に付き合い、会計が終わった後に買った食べ物を袋詰めするのを手伝って。車に戻ったら、キュロットスカートの袋が無い!と。
そうです。食品購入後にサッカー台に置き忘れてしまったんですね。サービスカウンターでお尋ねしても「届いてない」と。
自宅へ戻る車中、母は私へ感情的に怒りをぶつけながら、私の右手の甲をギューっとつねり続けるのです。つねり過ぎて血が流れました。
運転しているため母は顔を前に向けていたから、自分の指が濡れても気が付かなかったのかな。感情が昂っていたから気が付かなかった?それとも知らんふりをしたのかしら?
まだむちむちしている幼い我が子、舞踊を修行している長女が踊る手を見ながら 今でも時々思い出してしまう2件です。
愛する我が子の身体に傷をつけるだなんて、私ならお金を積まれても到底お断りだけれど。
私の母はこんなことができてしまう程、私のことが憎かったんですね。
というか、普通は相手が家族だろうが他人だろうが、こんなことは出来ないですよね。
