僕がペーパーバックを読み始めたわけ⑱
8月になってもジェイムズ・ティプトリー・JRの傑作選“HER SMOKE ROSE UP FOREVER”(ARKHAM HOUSE, 1990年)を読みつづけている。だから、私はとうとう“HOUSTON, HOUSTON, DO YOU READ?”を読み終えてしまった。読後のえぐみがティプトリー史上最凶と思うこの作品を。
「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」の舞台は、タイトルの印象そのまんま宇宙である。宇宙船サンバード号の乗員は3人。船長で信心深いクリスチャンのデイヴ、ちょっとチャラいけど優秀な宇宙飛行士のバド、そして語り手で心やさしく内省的な科学者のロリマーである。
太陽系周航中の彼らの船は突如として座標を見失う。NASAのヒューストン基地と必死にコンタクトを試みるが、そのとき回線がつながったのは、ありえないことに他の宇宙船だ。その宇宙船の(たぶん若い)女性の声は、サンバード号が進む航路に地球はない、いまは10月でなく3月だというのだった。
おそらく勘のいい読者ならここでタイムリープもののSFに突入していることに気づく。とはいえ、サンバード号の3人は即座に受けとめられない。彼らの時代では荒唐無稽すぎる話であり、それを受け入れることは、自分たちが生きて帰るはずだった妻子たちの待つ世界との永久の別れを意味するのだ。
話はそこから1年進む。未来人の提案を受け入れて、彼らはグロリア号に乗船した。そこでなぜかバジャマパーティーと合コンを合わせたムードが加わる。グロリアには女性4人と少年1人(と3人は思う)がいて、女性たちは配慮で体のラインが出ないバジャマを着ており、みんなとても親切だからだ。
グロリア号は地球に航路をとる。共同生活を通じて、病原体の有無や、地球に適応できるかをチェックされる。1年超の長旅の間に何かが起きなければ新世界への帰還はかなうのだ。でも何かは起きてしまう。むごくて残念すぎるその展開は割愛するが、根本にある恐怖には触れておきたい。
An acute, comlex longing for the women he has known grips him. Women to whom men were not simply ーー irrelevant.(p222、“irrelevant”のイタリックを略)
急劇でしかも複雑なあこがれ。彼がかつて知る女性へのあこがれに彼はつかまれた。男というものをただただ「無関係」と思わない女たちへの。
(拙訳、本編は伊藤典夫氏の名訳でお楽しみください。『老いたる霊長類の星への賛歌』(伊藤典夫、友枝康子訳、ハヤカワ文庫)所収です!)
もっとも強烈に意識する他者が、はじめから最後まで自分に無関心だという地獄。本作の中心となるアイデアは、現代の胸糞映画や鬱漫画とも共通する。しかし悪意もなしに地獄がひらかれるようなラストは、いまなお十分すぎるインパクトだと思います!
