「なんかよかった」で終わらない。美術館の景色を変える『絵画の観方』
美術館へ行く。
有名な画家の作品を見て、きれいだと思う。迫力があるとも思う。何百年も前に描かれたものが目の前にあることにも感動する。
ところが、美術館を出たあとに感想を聞かれると、言葉が出てこない。
「なんかよかった」
それで終わってしまう。
美術が嫌いなわけではない。むしろ興味はある。それなのに、一枚の絵を前にすると、どこを見ればいいのかわからない。
そんな人のために書かれたのが、井上響『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』である。
本書が教えてくれるのは、画家の名前や作品名を大量に暗記する方法ではない。
絵画を「見る」ための、二つの視点だ。
絵の中には「物語」がある

西洋絵画を見ていると、不思議な光景に出会うことがある。
なぜ、この女性は海から現れているのか。
なぜ、男は生首を持っているのか。
なぜ、裸の男女が描かれているのか。
予備知識がなければ、描かれているものをそのまま眺めるしかない。
しかし、西洋絵画の背後には、聖書やギリシア・ローマ神話をはじめとする巨大な物語の蓄積がある。
本書の「物語編」では、「裸の男と女」「海と女性」「盆に乗る男性の生首」「雲と美女」といった、あえて作品名を知らなくても目に入る特徴から、その絵が何を描いているのかを読み解いていく。
ここが面白い。
絵画を見るという行為が、物語を探す行為に変わっていく。
たとえばギリシア神話を知っていれば、神々や英雄たちを描いた作品は、単なる「昔の人物画」ではなくなる。
持っている物、人物の配置、身体の動き。
それぞれに意味が生まれる。
知識が増えるほど、同じ絵から見える情報も増えていくのである。
名画は、なぜ「名画」なのか

もう一つの柱が「歴史」だ。
『モナ・リザ』を見て、「これが世界的な名画です」と説明されれば、その価値を疑う人は少ない。
では、何がすごいのか。
ここを説明しようとすると、意外に難しい。
「歴史編」は、美術史を13のターニングポイントからたどっていく。
ジョットは「リアルに描こう」。
マザッチョは「立体的に描こう」。
ヤン・ファン・エイクは「色までリアルにしよう」。
レオナルド・ダ・ヴィンチは「究極のリアルを実現しよう」。
さらにカラヴァッジョ、モネ、ゴッホ、マティス、カンディンスキー、デュシャンへと時代は進んでいく。
ここで見えてくるのは、美術史が単なる「有名な画家の年表」ではないということだ。
画家たちは、それ以前の絵画を見ていた。
そして、「もっと現実らしく描けないか」「光そのものを描けないか」「そもそも現実を忠実に描く必要があるのか」と、新しい表現を探していった。
一枚だけを見れば奇妙に思える作品も、その前に何が描かれていたのかを知ると意味が変わる。
美術史とは、画家たちが数百年にわたって繰り返してきた試行錯誤の歴史でもある。
130点以上の絵画で「観る練習」をする

『モナ・リザ』『最後の晩餐』『オフィーリア』をはじめ、一度は目にしたことのある作品も多い。
しかもオールカラーである。そのため、本を読みながら実際に作品を見て、「ここを見るのか」と確認できる。
美術史の入門書には、どうしても人名、年代、美術運動などの知識が並びやすい。
本書はそこから少し距離を置いている。
目的は、美術史に詳しくなることだけではない。
次に自分が美術館へ行ったとき、目の前の絵をどう見るか。
そこまでつながっている。
だからこそ、美術に興味はあるものの「何から勉強すればいいかわからない」という人に向いている。
この本を読んで最も変わるのは、美術館で自分自身に投げかける質問かもしれない。
「この絵、好きかな」だけではなく、
「これは何を描いているのだろう」
「なぜ、この人物はこれを持っているのだろう」
「なぜ、この画家はこんな描き方をしたのだろう」
という疑問が生まれる。
その瞬間、一枚の絵の前にいる時間が変わる。美術館は、有名作品を順番に見て回るだけの場所ではなくなる。一枚の絵から神話へ進み、宗教へ進み、歴史へ進み、画家が生きた時代へ進んでいく。
その入口になる。
「なんかよかった」という感想は、決して間違ってはいない。
それだけでも、美術館はかなり面白くなる。
書籍情報
美術館が面白くなる大人の教養「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方

井上響『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』
監修:秋山聰
発行:KADOKAWA
発売:2025年3月17日
四六判・384ページ
ISBN:978-4-04-607279-5
Amazon広告を含みます。

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