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気持ちを整える習慣(心の揺れを根本から考える)


1.何故心が揺れるのか?

年末が近づくにつれて、それでなくても忙しい毎日に拍車がかかる。
毎年の事ですね。
年内に終わらせたい仕事、受験勉強のラストスパート、自宅の大掃除、お正月の準備と、大人も子供も何かと落ち着かなくなります。
今日中にあれとこれ、明日はあれとこれ。と、年末のカウントダウンと共に予定を立てたにもかかわらず、突然の電話で予定が崩れたり、簡単に終わるはずの仕事が思いのほか時間を取ったり、また、受験勉強に至っては、解けるはずの問題が実は理解できていないことに気付いてしまった!など、綿密に立てたはずの予定が見事に崩れてしまった時に、胃の下の辺りから不安や苛立ちで心が揺れ動きます。
この不安と苛立ちの原因、或いは正体を一言で表すとしたら、何だと思いますか?

予定通りに進まない、解けるはずの問題が分からない、思い通りに事が運ばない。
つまり、自分の思惑が「思い通りにならない」、心が整わないのは、この「思い通りにならない」ところにあるようです。


2.人のせいでは整わない

先の章では、年末の予定に焦点を当てましたが、人間関係においても同じことが言えます。
自分の機嫌を自分で取れない人から、いきなり暴言履かれて酷く傷ついたり、そんなつもりはないのに、自分の発言を逆手に取られて怒りを買ったり、そもそも気が合わない人、言葉にいちいち棘がある人、マウント取らないと気が済まない人、わざと人前でミスを指摘する人…。
思い出しただけで、怒りがよみがえる!
ってこと、ありますよね。私には数えきれないほどあります。
思い返せば当時の私は、いつも受け身の被害者人生でした。

突然ですが、ここで「自由自在」という言葉を取り上げます。
皆さんもよくご存知でしょう。
AIやWikipediaでは、自由自在を「存分に振舞える。思い通りにできること」四字熟語のひとつ。と記載しています。
まさに幸せの境地といった言葉ですね。
これが仏教用語になると、また少し意味合いが変わってきます。
自由自在とは、自分を理由に生きる故に自分が在る
自分を理由に生きる…。
なんて魅力的な言葉でしょう。
年末の忙しさに追われ、予定通りに事が運ばずにイライラが募る。
話はそこから始まりました。
「家族が手伝ってくれない」「○○の電話で作業が遅れた。」
本人は、思い通りにいかなかった原因を他人や世の中のせいにしてストレス溜めて、不幸のオーラを放ちまくっていますが、これって実は案外楽な生き方なのです。
何故なら、全てを人のせいにしている分、自分が負うべき責任がどこにもないのですから。
これでは自分の人生をいきようとしていない、ただ周りの状況、情報、刺激に反応しているだけです。
自分に降りかかった出来事なのだから、他人に癒しを求めるのではなく自分で処理できれば、求めてもいない他人からのアドバイスに、余計なストレスを抱えなくて済むだけでも楽だと思いませんか?
だって自分の気持ちを一番理解できるのは、自分なんですから。

自分を理由に自分の人生を生きるとは、イライラという感情のその先の自分と向き合い、自分をを受け入れ、より深く自分を知る。
それがやがて、自分に対する責任と信念を育み「自分を理由に生きるが故に自分が在る」自由自在の人生へと変化していきます。
つまり、それは主語を「あの人が」から「私は」に変えて、この世の主人公に自分がなる!ということです。
※ここから先は、心を整える本題に入ります


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