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【超短編・花シリーズ#21】 ササユリ~音を編む女(ひと)~

                 (本文2,100文字) 
 そのひとの音を初めて聞いたのは、確か岐阜県美濃市の古民家カフェでのライブだった。

 月に一度、満月の夜だけライブをするミュージシャンがいると噂で聞き、SNSの情報を辿って駆け付けた。

 開け放たれた大広間の掛け軸を背に、そのひとは様々な見たこともない楽器を布の上に並べて準備をしていた。
 
 50人ほどの聴衆が、ある人はカフェの椅子に、ある人は畳の上に、寛いでいる。



 まだ群青色を残した東の空に初夏の満月が見え始めた頃、
そのひとはおもむろに鈴と小さな鐘を取り出し、マイクの前で一定のリズムで振り始めた。

 涼やかな鈴と鐘の音がレコーダーでループされて鳴り続ける中、アルペジオで奏でられるギターの透明な音が、その上に西洋音階ではない不思議な旋律を重ねていく。
 奏者はたった一人なのに、鈴の音、鐘の音、ギターの音が、まるで金糸銀糸をはたで織るように編まれてゆく。

 そして、そのひとは細い竹の横笛を取り出す。
 笛の唄口(吹き口)にそっと美しい唇を当てると、音のタペストリーの上に、即興で、たおやかな旋律を重ね始めた。

 月のヒカリから丁寧に紡ぎ出した絹糸のような笛の音が、鈴や鐘やギターの音に絡みつくように、音を編んでゆく。
 ライブゆえに、即興ゆえに、生み出された瞬間から消えて行く儚い音のかなで。
 
 世界にどこにもない、そのひとだけの音。
それは月のヒカリと5月の風や薫りがそのまま音になって、心の奥底にまで沁み込んでくるライブだった。

 
 目を閉じてじっと聴き入っている人、ゆらゆらと揺れながら身体で音を感じている人、透き通った涙を流している人。

 50人余りの聴衆と共に、僕もそのひとの音に心奪われた。いや、もはや、天女のようなそのひとそのものに、恋に、落ちていた。


ササユリ

「今の季節なら、一本だけ咲いているササユリを目印に。」
 
 どうしてもお会いしてお話ししたいという僕のわがままに、そのひとは笑顔で快く了解してくれた。

 そのひとは、美濃市の自然豊かな里山で有機野菜と綿を栽培して暮らしていた。縁側には編みかけの綿のタペストリーがいくつか並んでいた。

「自然を壊したくないから、こんな暮らしをしています。」

 細く可憐な身体に白い綿のワンピースをサラリと着こなしたそのひとは、縁側でお茶を出してくれながら、僕の隣に腰を掛けた。
 玄関口に咲いていたササユリの香りが、そのひとの香りそのものだった。 


ササユリ

 
 穏やかに微笑みながら聞くそのひとに、僕は先日のライブがいかに素晴らしかったかを語った。そして一枚のCDを渡した。それは会社を辞めて、学生時代にあきらめた音楽を再開しようと、自ら録音したデモ音源だった。

「もう10年、音楽から遠ざかっていましたが、先日あなたのライブを聴かせていただき、もう一度音楽の世界でやっていきたいと思いました。」

 無機質なCDケースを大事そうに両手で持ち、柔らかな微笑みのまま、そのひとは僕を見つめた。

「できるなら、僕のギターで、あなたのライブとコラボさせていただけませんでしょうか?僕のちょっと下手なギターでも構わないなら、ですが・・・。」

 そのひとの顔から、サッと穏やかな笑顔が消え、真剣な眼差しが僕に向けられた。

「私とのコラボはともかく、ご自分がわずかでも下手だと思うなら、お客様の前で決してライブをしてはいけません。」

 僕は、突然の厳しい言葉に驚いた。

「あなたが本当にギターが上手か下手かは関係ありません。
でもお客様は、お金を出してわざわざあなたの演奏を聴きに来てくれるのです。そんなお客様を前にして、まだまだ演奏が下手ですが、などという言い訳は、とても失礼だとは思いませんか?」

 ぐうの音も出なかった。プロのライブというエンタメの場で、謙遜など言い訳と逃げ道に過ぎないのだ。

「わざわざ来ていただくお客様の前で演奏し、多少でもお金を貰うプロならば、少なくとも自分自身が完璧だと思える姿勢で臨まなければ、お客様を感動させることなど絶対にできません。多分、ご謙遜で仰ったのでしょうが、そんな謙遜はプロの世界では通用しないのです。」

 それはプロとしての矜持というものだろう。僕はこのひとの凛とした生き方の潔さと強さに心打たれた。
 そして、自分の甘さに改めて恥じ入った。

 再び穏やかな笑顔に戻ったこのひとは、愛おしそうにCDを胸に当てながらこう言った。

「このCDは後でゆっくり聴かせていただきますね。あなたご自身が最高の曲で最高の演奏ができる、と思うようになったら、またぜひ訪ねてきてください。楽しみにお待ちしています。」


里山の森に凛と咲くササユリ


 僕は自分の甘さと愚かさに狼狽え、どのようにそのひとの家を出たのか、はっきりと覚えていない。
 ただ、僕自身がギタリストとしてスタートする決意を新たにしたこと、そして、そのひとを、いつかその美しい名前で呼べるようになることを誓った。

 振り返った時、そこに立つササユリの姿は、凛として美しい、そのひとそのものだった。



< おわり >

作:birdfilm  増田達彦
このお話はフィクションです。
登場する人物やお店は架空のものです。


【日本の野の花】初夏:ササユリ

ササユリ(日本特産)

ササユリ (ユリ科ユリ属)
葉がササの葉に似ていることからササユリ。別名「早百合」
中部地方以西の本州、四国、九州に自生する日本固有種。
5月~7月に里山の草地などや林床などに咲く。
上の写真のように一つの茎に3つの花をつけることも多く、三枝(さいぐさ)とも呼ばれ、奈良の率川(いさがわ)神社の三枝祭(さいくさのまつり)が有名。
古事記にも登場する、日本を代表するユリのひとつ。

文責:増田達彦

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