歩かない“街道ウォーク”⑤ 足立区立郷土博物館(千住宿)
こんにちは、ばーどです。
旧中山道ウォークは2025年10月に美濃国に入り一時中断。春から再開予定です。
その間は、「歩かない“街道ウォーク”」と題し、慌ただしく通り過ぎた街道や宿場を再訪、史跡や資料館を巡ります。
今回は、開宿400年となる旧日光街道 千住宿を訪れます。
1.足立区立郷土博物館
2025年12月28日(日)。
千住宿に関する展示がある博物館は、宿場町からは少し離れた場所にあるようです。




普段は美術品などの「常設展示」がメインのようですが、2025年11月~2026年1月までは、「記念文化遺産調査特別展『千住宿400年』」としての全面展示でした。





宿場町と言えば旅籠や茶店が中心ですが、煙草屋・下駄屋・髪結床なども街道沿いに並んでいたのですね。
日光街道/奥州街道一番目の宿場町である千住宿は、品川宿(東海道)・板橋宿(中山道)・内藤新宿(甲州街道)とともに、「江戸四宿」と呼ばれていました。江戸を出てすぐの宿場なので、旅人の宿泊というよりは、見送りや出迎えする人々と茶店を利用することが多かったようです。
さらにこの千住宿は、近くを流れる荒川に橋戸河岸が置かれ、運ばれた農作物を扱う市場(やっちゃ場)が賑わいを見せていたようです。


江戸の出口にあたる千住は、自然を身近に感じられる場所でもあり、浮世絵などにもその風景が残されています。


展示室の中央には、当時の街並みを再現した模型がありました。主なポイントを、後ほど歩いた時に撮った写真と合わせて紹介します。














非常に見ごたえがある展示でした。1時間ほど見学して、博物館を後にしました。


このあと、実際の千住宿の場所まで移動します。
2.千住宿




“旧日光街道ウォーク”の初日、日本橋から越ケ谷宿まで歩いたのは、2024年1月7日なので、千住宿には約2年ぶりの訪問です。












各地の宿場で見られる風景ですが、地元愛を感じます。
その先、前回の訪問時には見落としていた旧家がありました。


江戸中期に創業した、行灯や凧や羽子板などを扱う際物屋(きわものや)で、飾り物に手書きで絵を付ける“絵馬師”としての技術が現代にも受け継がれているそうです。
吉田屋の向かいには、かつて紙問屋を営んでいた旧横山家が残っています。



ここからは宿場の反対側の江戸方に向かい、1回目の宿場拡大で加宿された掃部(かもん)宿に行ってみました。


博物館の説明にあったとおり、掃部宿は1658年に千住宿に加宿されていますが、それ以前から街道沿いに集落が形成されていました。河岸と宿場を結ぶこの地区は、千住宿の中でも有力商人が集まって繁栄し、俳諧や絵画、漢学、医学などの文化が育まれたようです。集落名の由来は、村を拓いた石出掃部介吉胤にちなんでいます。





門の奥の蔵は、さきほど見た旧横山家の蔵を移築したもの。内部は「千住宿歴史プチテラス」として開放され、千住宿に関する展示があるとのことでしたが、あいにく年末休暇でした。
実は当日の朝に急遽思い立って出かけた、今回の訪問でしたが、2年前の記憶を思い起こせたり、また新たな発見もあり、意外と中身の濃い時間でした。
旧中山道ウォークを再会する春までは、もう少し近郊の宿場の再発見を続けて、楽しみたいと思います。

