ABB Robotics について
古いニュース [ 2025-10-08] ですが、ソフトバンクG が買収する ABB Robotics についてあらためて調べたことをまとめました。
ABB はスイス・チューリッヒに本拠を置く産業技術企業です。その中の ABB Robotics が今回ソフトバンクGに売却される事業です。
事業内容を簡単に言えば、
工場で働くロボットと、そのロボットを動かすためのソフトウェア・システムを提供する会社
です。
ソフトバンクGの発表によると、買収対象事業は、
従業員:約7,000人
2024年 売上高:22.79億ドル
EBITDA:3.13億ドル
Operational EBITA:2.77億ドル
という規模です。累計ロボット出荷台数は 50万台 を超え、50カ国以上に販売・顧客基盤を持っています。
つまり、スタートアップを買収するのとは全く違います。
すでに世界中の工場にロボットを納入している「完成された産業ロボット事業」を買うわけです。
2. どんなロボットを作っているのか?
ABB Roboticsの 製品群はかなり広いです。
大きく分けると、
① 大型産業用ロボット
自動車工場などで使われる、いわゆる「ロボットアーム」です。
例えば、
溶接
塗装
組立
搬送
パレタイジング
マテリアルハンドリング
などを行います。
自動車工場で、人間の腕のようなロボットが部品を持ち上げたり、溶接したりしている光景がありますが、あの世界です。
② 協働ロボット(コボット)
こちらは人間と同じ作業空間で働くことを想定したロボットです。代表的なのが、YuMi や GoFa です。
YuMi は比較的小型で、電子機器の組立などを想定した協働ロボット。
GoFa はもう少し大型で、部品搬送や組立など幅広い用途に使えます。
ここは将来の Physical AI との接続を考える上で、非常に重要な領域です。
3. 「ロボット本体」だけではない
ABB は単に、
ロボットアームを製造して販売する会社
ではありません。ロボットを工場の生産システムに組み込むための総合的なプラットフォームを持っています。
例えば、
ロボット本体
コントローラー
モーター
センサー
ロボット用ソフトウェア
シミュレーション
オフラインプログラミング
工場自動化システム
保守・サービス
などです。
特に重要なのが RobotStudio です。
これは ABB のロボットをコンピューター上でシミュレーションするためのソフトウェアです。
つまり、
「実際の工場にロボットを設置する前に、デジタル空間でロボットの動きを設計する」
ことができます。
これは今後 AI との融合を考えると非常に重要になります。
4. 競争相手
ABB Robotics の競争相手として重要なのは、
FANUC
Yaskawa Electric
KUKA
Kawasaki Heavy Industries
などです。
特に日本企業との競争が激しい分野です。
そして ABB は世界最大級の産業ロボットメーカーの一つです。
ソフトバンクG自身も ABB を、
「売上高および累計ロボット出荷台数で業界第2位」
と説明しています。したがって、今回の買収は、
「ロボットの会社を買った」
というより、
「世界トップクラスの産業ロボット・プラットフォームを丸ごと手に入れた」
と考えたほうがいいでしょう。
5. なぜ ABB は売るのか?
ABB は当初、Robotics を独立上場会社としてスピンオフする計画でした。
2025年4月には、約7,000人、売上約23億ドル、Operational EBITA マージン12.1% の事業として独立させる計画を発表しています。
ところが、その後ソフトバンクGへの売却に変更されました。
ABB側の説明では、
Robotics とABB 本体の間には、他の事業ほど大きなシナジーがない
という判断があります。
ABB は現在、
Electrification
Motion
Automation
に経営資源を集中する方向です。
実際、ABB はその売却資金を使って英国の Rotork を約55億ドルで買収するなど、別の事業領域へ資本を振り向けています。
つまり、
ABB にとっては「優良事業を売って、より戦略的な事業へ資本を移す」
という側面があります。
6. なぜ約54億ドルも払うのか?
買収価格は、53.75億ドル です。日本円では契約時点の換算で約8,187億円。
2024年の売上22.79億ドルに対して、
買収価格 / 売上 ≒ 2.36倍
です。
一方、Operational EBITA 2.77億ドルに対して、
買収価格 / Operational EBITA ≒ 19.4倍
になります。
単純な産業機械メーカーとして見ると、決して安い買い物ではありません。
7. ASI を実現するための重要領域
孫さんが見ているのは、おそらくこちらです。
AI × Robotics
です。
ソフトバンクGは現在、
AI チップ
AI ロボット
AI データセンター
電力
を「ASI を実現するための 4つの重要領域」と位置付けています。
この中で ABB Robotics は、
AI が現実世界で動くための身体
に相当します。
8. Physical AI
普通の生成AIは、
AI → 情報を生成
です。
例えば ChatGPT なら、
入力 → 推論 → 文章
となります。
Physical AIでは、
センサー → AI → 判断 → ロボット → 現実世界
になります。
例えば工場で、
この部品を見つけて、掴んで、組み立ててください
という仕事を AI にさせる。
そのためには、
視覚
認識
推論
動作計画
ロボット制御
モーター
センサー
工場システム
が必要になります。
ABB は、このうち後半部分が非常に強い会社です。
9. 既存ロボット投資との組み合わせ
ソフトバンクG はすでに、
SoftBank Robotics
Berkshire Grey
AutoStore
Agile Robots
Skild AI
などに投資しています。今回の ABB 買収によって、これらを組み合わせる構想を明確にしています。
ざっくり整理すると、
$$
\begin{array}{l|l}
\hline
\scriptsize{\textbf{企業・技術}} & \scriptsize{\textbf{強み}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{ABB Robotics}} & \scriptsize{\texttt{産業ロボット}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{SoftBank Robotics}} & \scriptsize{\texttt{サービスロボット}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{Berkshire Grey}} & \scriptsize{\texttt{倉庫・物流ロボット}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{AutoStore}} & \scriptsize{\texttt{倉庫自動化}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{Agile RobotsAI}} & \scriptsize{\texttt{産業ロボット}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{Skild AI}} & \scriptsize{\texttt{ロボット向けAI}} \\
\hline
\end{array}
$$
という構図です。
つまり、
ABB だけで Physical AI を完成させようとしているわけではない
のです。
10. OpenAI などとの関係
さらに一段深く考えると、
OpenAI → AI モデル
Arm → CPU
Ampere → AI データセンター向けCPU
ABB → ロボット
というソフトバンクGの構図が見えてきます。
つまり孫さんは、
AIモデル
↓
コンピューティング
↓
データセンター
↓
ロボット
↓
現実世界
という垂直方向のエコシステムを作ろうとしている。
ソフトバンクGも、ABB Robotics を含むロボット関連投資を統合してPhysical AI を推進する方針を明記しています。
11. 重要な注意点
注意すべき点は、
ABB Robotics ≠ ヒューマノイドロボット
であることです。現在の ABB の主力は、
決められた仕事を非常に正確・高速・安全に繰り返す
というタイプの産業用ロボットです。
一方、最近注目されている、
Figure
1X
Tesla Optimus
AgiBot
Unitree
などのヒューマノイドは、
人間のいる環境で、AI が状況を理解し、様々な仕事を自律的に行う
方向です。
これはかなり違います。
12. 買収の意味
この買収は、
ABB Robotics をヒューマノイドメーカーに変える
という話ではないと思います。
むしろ、
産業ロボットという既に巨大な市場に、AI を注入する
という方向が現実的です。
例えば現在の工場ロボットは、
「A地点からB地点へ部品を運ぶ」
ことなら非常に得意です。
しかし、
「今日は部品の形が少し違う」
「箱の中に部品がランダムに入っている」
「人間が途中で作業を変更した」
といった状況への対応は、従来型ロボットには難しい。
そこへ AI を入れる。すると、
固定された自動化 → AI による柔軟な自動化
へ進化できる可能性があります。
13. 日本企業への影響
日本には、
FANUC
安川電機
川崎重工
三菱電機
オムロン
不二越
など、産業用ロボット・FAの強力な企業があります。
一方で AI 側では、
NVIDIA
OpenAI
Google
Microsoft
Meta
SoftBank
Arm
などが巨大な資本とAI技術を持っています。
今後、
「ロボットメーカーが AI を取り込む」
のか、
「AI 企業がロボットを取り込む」
のか。
この競争になる可能性があります。
ソフトバンクGは今回、かなり明確に後者へ踏み込んだわけです。
14. ABB Robotics の業績
売上高を見ると、
$$
\begin{array}{l|r|r}
\hline
\scriptsize{\textbf{年}} & \scriptsize{\textbf{売上高}} & \scriptsize{\textbf{EBITDA}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{2022}} & \scriptsize{\texttt{\$2.258B}} & \scriptsize{\texttt{\$221M}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{2023}} & \scriptsize{\texttt{\$2.452B}} & \scriptsize{\texttt{\$385M}} \\
\hline
\scriptsize{\texttt{2024}} & \scriptsize{\texttt{\$2.279B}} & \scriptsize{\texttt{\$313M}} \\
\hline
\end{array}
$$
となっています。
つまり、
2023年 → 2024年 で売上が減っています。
ABB も、半導体不足・サプライチェーン混乱後の「前倒し購入」の反動などによって、ロボット市場が変動したことを説明しています。
したがって、
産業ロボット市場がこれから爆発的に成長するから 54億ドル で買った
という単純な話ではありません。
むしろ、
成熟した産業ロボット事業を、AI によってもう一度成長軌道に乗せられるか
が今回の賭けだと思います。
15. 注目ポイント
結局、
ABB Robotics 単体
では、
「優良な産業ロボットメーカーを54億ドルで買った」
という話です。
しかし、
SoftBank + ABB Robotics + AI
になると意味が変わります。
AIモデル
↓
推論・コンピューティング
↓
ロボット AI
↓
ABB の産業ロボット
↓
工場・物流現場
という流れが作れるからです。
そしてソフトバンクGは、AI チップ、データセンター、電力まで押さえようとしています。
したがって今回の ABB 買収は、単独の M&A として見るより、
孫正義氏が進めるASIプラットフォーム構想の中で、現実世界への出口を買った
と見ると非常に理解しやすいです。
まとめ
ABB Robotics 買収を、次のように整理します。
ABB Roboticsとは
世界トップクラスの産業用ロボットメーカー。約7,000人、売上約23億ドル、累計出荷50万台超。工場向けロボットだけでなく、コントローラー、ソフトウェア、シミュレーション、サービスまで持つ。
ABB にとっては
本体事業とのシナジーが相対的に小さいロボット事業を売却し、電化・オートメーションなどに資本を集中。
ソフトバンクGにとっては
産業ロボットという「Physical AIの身体」を獲得。
最大の狙いは
ABB Robotics そのものの利益ではなく、OpenAI などの AI、Arm などのコンピューティング、データセンター、そしてロボットをつなげること。
そして最大のポイントは、
「ヒューマノイドを買った」のではなく、「世界中の工場にすでに入っているロボットの巨大なインストールベースを買った」
ということです。
なお、現時点では買収はまだ完了しておらず、ソフトバンクGの 2026年レポート では 2026年中の完了予定 とされています。

