イクサガミ

著者
今村翔吾
出版社
株式会社講談社
発行
天 2022年2月15日 第1刷発行
2025年10月27日 第13刷発行
地 2023年5月16日 第1刷発行
2025年10月27日 第10刷発行
人 2024年11月15日 第1刷発行
2025年10月27日 第7刷発行
神 2025年8月8日 第1刷発行
2025年10月27日 第2刷発行
感想
Netflixで配信されて話題のアクション時代劇「イクサガミ」の原作本。著者は私のお気に入り今村翔吾先生。今まで読んだ今村作品に外れは無かったが、今回はどうか?
家族全員既にドラマは全て観たようだが、私はまだドラマは観ていない。勿論、これから観るつもりである。たまたまドラマ公開前から読んでいたので、それなら完読してから観ればいいと思った次第である。
というわけで「天」の巻から読み始めたのだが、結論から言うと今回も当たりであった。
物語は西郷隆盛が起こした不平士族の反乱、西南の役の翌年。京都の天龍寺から始まる。主人公、嵯峨愁二郎を始め多くの武勇に優れた者たちが集まる。きっかけはその数カ月前に豊国新聞という誰も聞いたことのない新聞に書かれた「武技ニ優レタル者。本年五月五日、午前零時。京都天龍寺境内ニ参集セヨ。金十万円ヲ得ル機会ヲ与フ。」という謎の記事。
愁二郎も眉唾と思いながらも、当時流行していた虎狼痢(コレラ)病に罹患した妻と子の治療代を得るために藁にも縋る思いで天龍寺に向かうと、そこには何らかの武器を備えた人々が大勢集まっていた。
やがて主催者側の槐と名乗る男から説明が始まる。集まった者たちはこれから東京を目指すゲーム、蟲毒に参加する。参加者のはすることは要約すると以下の通り。
それぞれ一枚づつ木札を与えられ、他の参加者の持つ木札を一枚一点として奪い合いながら東京を目指す。
木札を奪う手段は問わない。
東京までには天龍寺の門を含めて七か所の関門があり、それぞれ定められた点数(当然ながら後になるほど高くなる。)の木札が無いと通過できない。
東京には6月5日にはいないといけない。(つまり6月5日までに東京に着かないといけない。)
他言してはならない。
途中離脱は認められない。(自分の木札を首から外せば離脱とみなされる。)
東京に到着できるのは九名。その後、九名で後半戦を行い、それを潜り抜けた者に賞金が支払われる。
後半戦の内容は東京に着いた者に説明する。
ルールとしては単純なものだが、違反すると相応の処罰(死)を受けるという。この時点で私はバトルロワイヤルやイカゲームのようなデスゲームの時代劇版だと思った。(どちらも観たことは無いが。)この二作品は現代が舞台だが、今村先生はこれを時代小説に持って来たということか。相変わらず目の付け所が鋭い。
主人公の愁二郎は鬼一法眼という者が鞍馬山で八人の弟子に奥義を伝えた所から始まる京八流という剣術の流派の八つの奥義のうちの一つ武曲を継承している。一つしか継承していないのは、他に七名の兄弟(愁二郎を含め血の繋がりは無い。師匠に拾われてきた者ばかり。)がそれぞれ一つづつを継承することになっているからだ。本来は最後に八名で殺し合いを行い、生き残った者が八つ全ての奥義を身に付け真の継承者となる。(継承自体は継承者候補であれば口伝で簡単に継承できる。)しかし愁二郎はそれを避けて承継線前夜に鞍馬山を下りている。
時は幕末。愁二郎は流浪の末、薩摩藩に剣の腕を買われて薩摩藩にいたが、人斬り以蔵こと岡田以蔵の代わりを探していた土佐藩に大久保利通の紹介で移っている。その後も大久保の頼みで戊辰戦争や上野戦争にも参加している。
当然、多くの人を斬ってきたわけだが、志乃という女性に出会い、子ももうけた。もう二度と剣を握らないと誓ったのだが、先の理由で再び剣を使うことになった。というのが愁二郎のプロフィールである。
そんな愁二郎が驚いたのはまだ十二、三歳にしか見えない少女、双葉を見つけた時。どう考えても場違いである。当然、彼女も金が必要だからこの場に来たのだが、まさかこのようなことになるとは思ってもいなかったのだろう。ただ困惑して怯えるばかり。周りは血に飢えた、いや、金に飢えた武士のなれの果てばかり。葛藤の末、愁二郎は彼女を助け一緒に東京に向かうことを決意する。二人は東京にたどり着けるのか?また、東京に着いた後の後半戦とは?続きを読むのが待ち遠しく、また睡眠不足に陥ってしまった。(今村作品を読む時はいつもこうである…)
明治維新によって日本の近代化が始まった。身分制度が廃止され武士という身分が無くなった。そんな中でもうまく世の中を渡った者は商売で財を成したり、警察や軍隊に入ったりできたが、一方で商売を起こしても失敗したり、博打で身を持ち崩したりしてやくざ者の用心棒などをして暮らしている者も多かった。更に追い打ちをかけるように廃刀令によって武士の誇りまで奪われた。武器も西洋から鉄砲が持ち込まれもはや刀では太刀打ちできなくなりつつあった。
蟲毒の参加者の多くは誇りだけで生きてきた武士の時代の終わりに乗れなかった者が多い。不平士族となって各地で反乱を起こすのも西南戦争を最後に沈静化しつつある。己の居場所を失った元武士たちの最後の自分探しに政治的思惑が絡んでできたのが蟲毒だったのかも知れない。
また今村作品の特徴として私がいつも挙げるのが魅力的なキャラクターが出てくるということだが、本作品も例外では無い。敵も味方もいいキャラクターが多数登場する。私のお気に入りは下記の通り。(他にもいるが。)
柘植響陣
カムイコチャ
岡部幻刀斎
ギルバート・カぺル・コールマン
橡
櫻
貫地谷武骨
橡と櫻は主催者側。木偏と呼ばれる参加者の監視役で槐の配下である。そして無骨以外の者は皆、蟲毒に参加者としてまたは主催者側として関わるに至るまでの経緯が小説の中で描かれている。
響陣は元伊賀の忍び。忍びの世界も武士の世界同様、時代の流れに乗れなかった者はプライドを守ることだけが生きる目的になっていた。響陣はそんなことは馬鹿馬鹿しいと思っているのだが、それによって罪のない人が犠牲になったのを助けるため蟲毒に参加することになった。
反対にギルバートは英国の騎士としての誇りを抱き、それを家族に示すために旅をし、最後にたどり着いたのが日本。そして蟲毒に参加という流れである。そういう意味では日本の元武士と精神という意味では違いは無いのかも知れない。
カムイコチャはアイヌ出身。後から入ってきた和人(日本人)にアイヌの風習や文化、狩りさえも禁じられ、更に自分たちの土地を奪われてしまう。その土地を買い戻すための金を作るために蟲毒に参加することにした。やはりアイヌの誇りを持っている。
橡は双葉の監視役なのだが、物語が進むにつれて橡の気持の変化が読者であるこちらにも伝わって来て、冷徹な主催者側にあって、人間臭さを見せてくれる。
櫻は剣の達人であり、槐のボディガードであるがその正体に驚いた。
岡部幻刀斎は愁二郎始め京八流の継承者を屠ることに執念を燃やす。蟲毒以前にも愁二郎の義兄弟と剣を交えているが、蟲毒に参加している愁二郎とその義兄弟の命を常に狙っている。
と、各キャラクターの特徴を簡単に書くと以上の通りである。(詳細は本作を読んで欲しい。)
ただ、貫地谷武骨だけはここに至るまでの経緯がほとんど述べられていない。たまに愁二郎らの話の中で「薩摩藩の浪人組で組は異なるが見たことがある。」とかそういう会話はあるが、どこで生まれて、どのように剣術を身に付けて、浪人組を出奔した後、どのようにして蟲毒に参加することになったのかが全く描かれていない。
とにかく人を斬ることに何の躊躇いも無い男なので、本来、嫌われ役のはずだが、どことなく憎めない所があり、また謎めいたセリフを吐いている所から、恐らく無骨を形作る何かが過去にあったと思われる。
これについては是非、スピンオフ小説で無骨を主人公にした作品を書いて欲しいと今村先生にお願いしたい。
明治という新しい時代の流れの中で、時代遅れなのかもしれないが何とか道を切り開こうとする人々の物語。もしかしたら現代人が失ってしまった心を持った最後の人達の物語だったのかも知れないと思った。
一点、個人的にいただけない点を挙げておく。「天」の巻の表紙カバー。Netflixで公開されるから、ドラマの写真を用いるのは理解できる。しかし、オリジナルの表紙カバーの上に被せて欲しかった。(国宝のように。)私の不注意ではあるのだが、他の三巻と表紙のイメージが一冊だけ異なることになってしまったのが残念。
因みに各巻に付属している特性ブックカバー。これは「神」巻を読まないと意味は分からないが、手元にあって助かった。
さて、全四巻、完読したのでNetflixのドラマを観てみよう。
