見出し画像

( )に触れる 01 | 探究の扉

気づけば、当たり前のように使っている括弧。
「( )を見つめる 01」に補助線を引くように、ハビトゥスという概念でその記号に触れてみます。

括弧は、なぜだか不思議な存在です。
文の途中にそっと添えてみたり、本音を柔らかく包んでみたり。
気づけば、当たり前のように使いこなしています。

ですが、それは学校で習った「正しい用法」とは少し違いそうです。
言葉の海を泳ぎながら、ときに波を起こしながら、
括弧にはどう振る舞ってもらうと心地よいのかを、
それぞれの感覚で自然と身につけてきたように思います。

そのような括弧の素振りを見ていると、ふと思い出す概念があります。
社会学者ピエール・ブルデューが語った「ハビトゥス(habitus)」という考え方です。

歩き方や身だしなみ、ふとした仕草に声の調子。
心惹かれる作品や、知らぬ間に顔を出す価値観。
どれも、いつの間にか沁みこんでいたものたち。
そうした無意識のふるまいを、ブルデューはハビトゥスと呼びました。

言い回しや言葉数、そして、間の取り方もまた、
明文化された約束事ではなく、日々の暮らしや人との関わりを通して、
静かに身体に染み込んでいく振る舞いだといえるでしょう。

括弧の使い方もまた、ハビトゥスのひとつなのかもしれません。

今は言葉と距離を取りたいとき。
あるいは、気持ちの一部だけをそこに残しておきたいとき。
言葉を括弧に包むことは、まるでヘンゼルとグレーテルが
道に小石を置いていく様子にも重なります。

そうして選ばれた場所にそっと置かれた括弧の佇まいには、
書くという営みを越えて、その人がどのような言語の風景に育ち、
どのような沈黙をくぐってきたのか、
そういった気配が仄かに息づいているようにも感じられます。

括弧とは、ただの記号ではなく、
言葉のそばにどう身を置いていたいのか、
そうした問いと共に現れる、目に見えない呼吸の痕跡なのかもしれません。

皆さんは気付かぬうちに、ふと括弧を使っていたことはあるでしょうか。
いつかそのようなお話も、お伺いできたら嬉しく思います。




【原著紹介】※敬称略
Pierre Bourdieu, Le Sens pratique (Livre 1・2), Les Éditions de Minuit, 1980.

[邦訳]
ピエール・ブルデュー著、
『実践感覚 1』、今村仁司・港道隆訳
『実践感覚 2』、今村仁司・福井憲彦・塚原史・港道隆訳
1・2ともに、みすず書房、1990年/2018年(新装版)


いいなと思ったら応援しよう!