50代、着る服のアップデート
数件、髪についての記事を書いている
これは、まだまだ研究中なので、
これからも書きたい
そして最近、髪だけではなく「着る服」
についても思うことがある
着ている服も、世の中の流行や
社会構造の変化で、
年齢の変化と同じくらい変わっている
30年以上、社会人として働いてきた
思い起こせば、明らかに20代の頃の方が、
金額も材質も良さそうな衣類を
着ていたように思う
いや……グランジファッションも流行り、
休みの日には古着屋で探しぬいた、
穴やダメージが少し入ったデニム
ヨレたシャツにエンジニアブーツ、
なんて時もあった
当時は会社用と休み用、
それぞれに結構なコストをかけて
お洒落を楽しんでいた
今は同じような系列店が並び、
価格帯も買いやすくなった
デザインも「OEMか?」と思うほど
似通ったものが多い
化繊技術の進歩、それに伴うコスト削減
大量生産、大量仕入れ
今では見た目だけで、服の価格は
判断しにくくなった
触ると、大方素材の良し悪しは分かるけれど・・
「高見え」
リーズナブルなのに、高そうに見える
これも昔はあまり聞かなかった言葉だ
そもそも「高そうに見せる」「高そうに見える」
こと自体が今ほど話題にならなかった気がする
高い、安い・・・現実が答えでしかなかったから
そして、服だけではなく私も変わった
40代あたりから少しずつ肉付きがよくなり、
昔の服を着て鏡を見ると、
まるで自分の所有物ではないような
違和感を感じ始めた
体型だけじゃない
鏡で横、後ろとクルクル観察してみる
すると、日々自然に山の形が変化したような
何とも説明しづらいズレがある
クローゼットには、昔買った
お気に入りのコートや
ワンピースがいくつか眠っている
いつか着るのだろうか?
そう問われると、今着ない服を、
これからさらに年齢を重ねて着る確率は低そうだ
だけど、手放すことには躊躇している
服を捨てるというより、その服を着ていた頃の
自分まで手放すような気がするのかもしれない
昔から着ているものが、
すべて似合わなくなったわけではない
でも、同じものを同じように着続けるだけでは、
どこか止まって見える
50代になったから、50代らしい服を
着なければならない
私は、そんなことは思わない
「・・らしい服」の定義も不明だし
選択肢は自由な時代
若く見せるために、流行を追い続ける
必要もないと思う
ただ、今の自分を鏡で見て、
丈を少し変える
シルエットを変える
靴を変える
素材を変える
髪型と同じように、ほんの少し現在の
自分に合わせていく
そのくらいのアップデートは
必要なのかもしれない
20代には20代の自分が選んだ服があった
30代、40代にも、それぞれあった
だったら50代にも、
今の自分が選んだ服があっていい。
昔のお気に入りを全部捨てる必要はない
今後、着ないかもしれないけど気分が変化したら
処分すればいいじゃないか
ミニマリストには、程遠い思考かもしれない
でも、昔の自分だけを基準にして、
これからの服を選ぶ必要もない
髪を少しずつ変えているように、
服もまた、今の自分に合わせて
更新していけばいい
最近は、そんなふうに思っている
※ 私のNoteについて、色々書いてますが
区分けして、ご案内させていただきます。
