目が見えるひなちゃんと目が見えない我々

 ひなちゃんは目が見えている。そんな当たり前のことを、最近改めて実感する機会が増えた。
 先日、ひなちゃんが好きなアンパンマンポテトを準備していた時のこと。
冷凍庫から出したポテトの袋を開けながら、ひなちゃんに
「何個食べる?」
と聞いた。
するとひなちゃんが
「これだよ」
と言ってきた。
3個とか5個とか、具体的な数のリクエストが返ってくるものとばかり思っていた僕は、予想外の答えに、最初なにを言っているのかわからなかった。
「ん?どういうこと?」
と聞き返すと
「これだよ」
とまた答えた。
ひなちゃんが何を意味して「これ」と言っているのかを探ろうと、ひなちゃんの方に手を出すと、ひなちゃんは僕の手を取って、3本指を立てているもう一方の手を触らせた。
なるほど、そういうことか!
「わかった、3個ね」
と聞くと
「うん」
と答えた。
その返事には、心なしか伝わったことへの嬉しさが含まれているような気がした。親バカ補正が入ったただの思い過ごしかもしれないけれど。
 それ以降、ひなちゃんは度々指を使って数を表すようになった。その都度我々の手を取って、指の数を触らせることも忘れない。
 ひなちゃんは視覚優位の世界で生きている。少なくとも僕の経験したことのない、全く違う世界だ。
 僕が大学に進学した時も、同じような感覚になったことを思い出した。高校まで視覚支援学校で育った僕は、大学で初めて健常者の社会に出た。そこで最もびっくりしたのが、世の中にはこれほどまでに言葉以外のコミュニケーションが溢れているのかということだ。
言葉を交わさなくても、目だけで会話は成立するということ。ジェスチャーだけである程度物事は伝わるということ。そして、積極的に言葉でのコミュニケーションを好まない人もいること。それら全てが発見であり、衝撃を受けた。
 それからは僕も言葉だけでなく、簡単な体の動きからコミュニケーションの幅を広げていこうと思った。うなずく、首を振る、手で指し示す、手を大きく振る、などなど。
受信はできなくても、発信するだけでも意味があると思った。何より、目が見えている人に対しては、その方がスムーズに伝わるという実感があったからだ。
 ただ一つ問題は、受信ができないがゆえに、自分のジェスチャーや体の動きが一般的に正しいものなのかを確かめるすべがないという点だ。視覚障碍者向けに、ジェスチャー教室なんてものがあったら、ぜひ参加してみたいと思うほどだ。
実際に、自分の表現に自信を持てないからこそ、自然と使うことに消極的になってしまっている部分は大いにあると思う。
 話は逸れてしまったが、ひなちゃんに対しても、これまであまり視覚的なコミュニケーションを使ってこなかった。
しかしひなちゃんは我々に対して、手を取って指を触らせるという方法で寄り添ってくれている。それならば、我々もできるところから視覚的なコミュニケーションにも寄り添いたいと思った。
 最近では数を尋ねる時に、一緒に指も立てて
「2個?それとも3個?」
などと表すようにしている。指で数を作ることに慣れていないから、言葉では2個と言いながら、指が追い付いていないことも多々あるのだが、ひなちゃんの反応も明らかにその方が早い。きっと言葉だけで聞くよりも、瞬間的に理解できるのだろう。
 ひなちゃんは我々とは違う、見えている世界を着実に生きている。ひなちゃんにはこれからもぜひ、我々に対しても視覚的なコミュニケーションをガンガン使う人でいてほしい。
相手が見えないから使わない、というのは親切そうに見えて意外と冷たいものだ。使った先に発生した見えないから伝わらないという問題を、触らせるという方法で解決してくれたように、どうしたら伝わるかということを常に考える人でいてほしい。もちろん、親である我々も。

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