“面倒だから”で片付けていた私。実は○○が足りなかっただけ
おはようございます。
ご機嫌美心ナビゲーター
雪仲紫月です🌞
正直に言います。
私は、いろいろなことを
ずっと「面倒だから」
で、片付けてきました。
行きたいのに「やっぱり面倒」
やればいいのに「疲れるから、明日でいいか」
行かないと「また断っちゃった」と罪悪感
行けば行ったで「なんで私ばっかり」と犠牲感
なにを選んでも、どっちを選んでも
スッキリしない。
負のループ😨
そして、最後は…
「私って、ホントやる気ないよね」
「ダラダラと怠けてるんだよね」
って、自分を責めいました。
でも、本当は…
やりたい気持ちはある。動きたい氣持ちもある。
ただ、“切り替えられなかった”だけなんです。
「犠牲感」の正体
私は、ずっと「犠牲者ポジション」に
座り続けていました。
「私ばっかり」「損な役回り」
って、思い込みながら。
だけど
氣づいてしまったんです…
犠牲感に酔っていたのは、他の誰でもない
ズルい私自身。
これに気づいたとき…
「ズルイ自分」の一言に、正直グサッときました。
でも、同時に
目が覚めるような感覚があったんです。
氣づきの一歩
犠牲感も罪悪感も、義務感も怠け心ですら…
全部「切り替えられない自分」を責めていただけ。
そう、ただの責め材料です(;'∀')
つまり――
面倒の裏には、まだ押されていない
“スイッチ” がある!
そう氣づけたとき、ようやくラクになれました。
次回は、実際に
私がどんな場面で「スイッチを押せたのか」
そして、どうやってラクに
切り替えられるようになったのかをお伝えしますね。
(📌 9月12日公開予定の有料noteにて詳しく書きます)
さいごに
「怠けてる」「やる気がない」って自分を責める前に。
それ、本当は “切り替えられずに、犠牲感に酔ってるだけ”
かもしれません。
あなたは最近、どんなときに
「犠牲者ポジション」に入っていましたか?
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