第10回 竹内文書における奴奈川姫③ ~起点はどこか~
前回のブログでは、竹内文書における奴奈川姫(越姫)がどういう立ち位置で描かれているかを紹介しました。「皇女」「天孫の血を引く高貴な存在」など驚きの描かれ方でした。
竹内文書の世界観では「越姫」に限らず様々な神名が「称号」であり、代々適任者によって世襲されてきたもの…つまり誰か1人を指していないという前提があります。だとしたら竹内文書においての「越姫」の始点はどこにあるか。今回はそれを探っていきます。
まず、竹内文書では、天地開闢の後の時代は次のように区分されます。
天神の時代(最古)
神代(アマテラス・スサノオ・大国主など)
不合朝(神代と人皇の中間)
人皇(天皇の時代=神武天皇以降)
「越姫」はなんと、天地開びゃくの後、最初に「天神」が地上に降り立ったとされる最古の時代、その名もそのまま「天神」の時代が越姫の最初の時代だと考えられているというのです。このうち、 天神の時代は“神代”つまり、アマテラス・スサノオよりもさらに古い時代という位置づけです。
アマテラスよりも前に存在…これは文字にしてみて改めて驚きました。
これまでの自分の中の歴史観がひっくり返ってしまう感覚です。
竹内文書の体系において、越姫(ヌナカワヒメ)のルーツが「天神(あまつかみ)時代」にあると考えられている要因が何なのかをまとめてみました。
1. 血統の起点:天神時代の「オキツ・ヘツ」
竹内文書における「天神時代」とは、地球がまだ新しく、天から降臨した神々(スメラミコトの祖先)が世界を直接統治していた超古代を指します。
ここで注目すべきは、「オキツ(奥津・意支都)」と「ヘツ(辺津・俾都)」という神名(役職名)の誕生です。
竹内文書の系譜図には、天神時代の皇子・皇女として「意支都比売命(オキツヒメ)」や「俾都比売命(ヘツヒメ)」の名が登場し、「世界統治の基盤を築いた天神直系の皇女」として描かれているといいます。
そして、単なる「名前」としてだけでなく、「天の浮船(あめのうきふね)」に乗って世界各地へ巡幸し、天神の教えを広めたり、その土地の統治を助けたりする役割を担ったと記述されているとされています。
天神第4代・第5代付近の記述があるとする研究者の解釈
これは確認できませんでしたが、研究者の解釈では、天神時代の第5代(あるいはその周辺の代)の家系図にその名が天皇(スメラミコト)の子供たちの中に、セットでその名が記されてあるというものもあります。
私自身は地元の神社に伝わる奴奈川姫の系譜で
「おきつ・へつ」の存在を知ってから、何かとこの「おきつ・へつ」が実はかなり重要なんだと感じてきましたが、いまいち、どう理解してよいのかわかりませんでした。
AIとさんざん「おきつ・へつ」について対話して教えてもらいましたが
そもそも「人」ではない「働き」や「役割」という解説を受けて、なかなかピンとこないんですね。
出てきたキーワードはこんな感じです。
おきつ…遠い・奥・根源・人の知の及ばぬ側・沖・外海・遠隔圏
へつ…人間界・現世に近い側/縁・岸・境界・可視の領域・辺・沿岸・接岸点
理解が難しいですよね。
自分の中で、納得がいった理解としてはこのような解説が一番わかりやすいと感じました。
言霊と地理的象徴:「奥」と「辺」
竹内文書の記述の根底には「言霊(ことだま)」の思想があり、彼女たちの名はそのまま「宇宙と国土の構造」を象徴しています。
オキツ(奥津): 「奥」とは中心であり、根源を指します。記述の中では、内陸部の拠点や、深い知識・霊力を司る側として表現されます。越の国においては「山側(翡翠の産地)」の象徴です。
ヘツ(辺津): 「辺」とは境界であり、接点を指します。記述の中では、沿岸部や、外部(海外)との交流・交易を司る側として表現されます。
竹内巨麿の口述資料などでは、この二人が揃うことで「内(根源・山)」と「外(交流・海)」が統合され、国土が完成するというニュアンスで語られているといいます。
地元の伝承では、ブログの初めの方の回で黒姫山と奴奈川姫の関係性を紹介しましたが、黒姫が奴奈川姫の母(もしくは母系のつながり)と解釈される場合もあります。
また、「定本竹内文献」という本では、まさしく天神時代のところで、「日ウラ水主紫人オミニ神越根後黒姫山に天降り」という記述があり、まさしく黒姫山になんらかの存在が降り立ったことが書かれています。(黒姫という文字がはっきり出ていることには驚きました。)
黒姫という存在が「山の神」とされることと、また、奴奈川姫自体も山の神の性質を受け継いでいますので、この「おきつ」の言霊が重なります。
「へつ」については、奴奈川姫の性質としてもとてもリンクしていて、これは理解ができました。
祖…高皇産霊神(自然起源の正統性)
祖父…意支都久辰為(黒姫山へ天降った高貴な存在、山・翡翠を司る)
父…俾都久辰為(山から下り、海や港、境界を司る)
奴奈川姫(女系首長)…祖先からの要素をすべて包括して、地上を治めた存在
これが、系譜の大まかな背景ではないかと、私なりの精一杯の理解です。
「神宝」との結びつき
彼女たちの記述において欠かせないのが、後にニギハヤヒが伝えたとされる「十種神宝」のルーツとしての側面です。
奥津鏡・辺津鏡の化身: 竹内文書の解釈では、これらの鏡は単なる道具ではなく、オキツヒメ・ヘツヒメの霊威(エネルギー)を物質化したものとされています。
翡翠(ヒスイ)との関係: 特に越の国に関連する記述では、オキツヒメが翡翠を山から見出し、ヘツヒメがそれを海路で世界へ広めるという、「神宝流通の始祖」のような描かれ方をしているという解釈がされています。
記紀神話との決定的な違い
古事記では「宗像三女神」の一柱(多岐都比売命など)として海上の神として登場しますが、竹内文書の記述はそれよりも遥かに古い「宇宙創生から国家形成へ至るプロセス」の中に置かれています。
記紀: 出雲系や宗像系の「地方の海の神」。
竹内文書: 天神直系の「世界王朝の皇女」であり、越の国を「神宝の地」として完成させた始祖。
地元の神社に伝えられている、「奴奈川姫の父祖(意支都・俾都)」の名は、まさにこの天神時代のオキツヒメ・ヘツヒメの「名跡(役職名)」を数万年、数十万年という時を超えて受け継いできたものとして記述を読み解くことができます。
竹内文書の系譜は、個人の伝記というよりも「霊的な職能の継承記録」という側面が強いため、オキツヒメ・ヘツヒメの記述を読むことは、そのまま「越姫という役職がいかにして誕生したか」の設計図を読むことに等しいと言えるでしょう。
奴奈川姫への継承:
『出雲国風土記』等に記される奴奈川姫の父祖「意支都久辰為命」「俾都久辰為命」は、竹内文書の視点では「天神時代の直系(あるいは分家)が、その名を代々継承して越の地を治め続けていた」と解釈されます。
つまり、奴奈川姫は突如現れた地方の姫ではなく、数万年、数十万年前の天神時代から続く「世界最古の王家」の血を引く存在として定義されているのです。
2. 地政学の起点:越(高志)は天神の「御座所」
竹内文書では、天神が地上を治めるための拠点(御座所・皇居)は、現在の茨城(皇祖皇太神宮)だけでなく、世界各地に分散していました。その中でも「越の国(北陸)」は、特別な聖域とされています。
・天の浮船(あめのうきふね)の発着場:天神が世界を巡幸するための乗り物「天の浮船」の拠点が越の国に置かれていました。
・越姫の役割:この聖域を管理し、天神やその一行を迎え入れる「最高位の巫女」が必要でした。その役割を担ったのが、天神直系の娘である「越姫」です。
・起点の意味:天神時代に越の地が「世界の中心拠点の一つ」として選ばれたこと自体が、越姫という存在の発生点(起点)となっています。
3. 象徴の起点:翡翠(神宝)と「鏡」の創生
竹内文書において、翡翠(ヒスイ)は単なる宝石ではなく、「天神から授けられた霊石(神宝)」です。
・神宝の管理権:
天神時代に定められた「十種神宝(とくさのかんだから)」の概念は、この時期に完成しました。前述した「奥津鏡・辺津鏡」は、天神の霊力を「奥(山・根源)」と「辺(海・現象)」の両面から制御する装置とされます。
・越姫=神宝の守護者:
天神時代に「この地の翡翠と神宝を守れ」という神勅を受けた一族の長女が、代々「越姫」を名乗ることになりました。糸魚川の奴奈川姫が翡翠の主とされるのは、この天神時代の役割が後世まで色濃く残った結果だと考えられています。
竹内文書における「越姫の起点」と考えられる要因を整理してみます。
名前
天神時代の神名「オキツ・ヘツ」 → 父祖の名「意支都・俾都」として残存
場所
天神の御座所(越の国)→ 越後の女王としての統治権
持ち物
天神の神宝(奥津鏡・辺津鏡) → 翡翠(霊石)の守護者としての霊力
竹内文書において「越姫の起点は天神時代にある」と言うとき、それは「奴奈川姫という個人の話をしているのではなく、天神時代に創設された『越の国を治める聖なる巫女女王』という国家的な役職の始まり」を指しています。
私たちが知る、大国主と結婚し建御名方命を産んだ奴奈川姫は、その遥か長い歴史のバトンを、記紀神話(大国主の時代)の直前まで受け継いでいた「最後にして最大の越姫」である、というのが竹内文書的な解釈と考えられます。
この「天神時代からの連続性」という視点を持つと、なぜ彼女が単なる地方の豪族の娘ではなく、出雲の大国主(地上統治の代表)がわざわざ求婚に来るほどの「高貴な神」として描かれたのか、その理由がより明確に見えてくるのではないでしょうか。
というわけで「越姫」の起点が天神時代であるという衝撃の結果でした。
それはそのまま、私が生まれ育ったこの地が、超古代から重要地として存在していた…ということを意味します。
竹内文書の世界観では「越の国が世界の中心地」とされています。
この土地が世界の中心地に含まれていただなんて、容易には信じられないですし、多くの人が「そんな訳ないでしょう」と鼻で笑うでしょう。
ただ、実は竹内文書だけがそんな荒唐無稽なことを書き記しているわけではないんですね。
というわけで、次回は他の古史古伝で「越の国」「奴奈川姫」がどう描かれているのかをご紹介します。
ではまた次回の講釈で。
