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第14回 事代主の母とされる神々は奴奈川姫か?

前回は、竹内文書において事代主が奴奈川姫の実子であるとされているという説をご紹介しました。事代主が奴奈川姫の実子だとしたら、歴史の見え方は大きく変わりますので、その痕跡があるのかどうかを追っていきますが、まず記紀において事代主がどのような立ち位置なのかを解説しました。
 
今回は、一般的に語られる「事代主の母」について整理し、奴奈川姫が母である可能性が見えるのかを探ってみたいと思います。

《事代主の母とされる母神たち》
事代主の母は、いろいろな解釈があるものの、通常、事代主の母と考えられているのは古事記で書かれている神屋楯比売命(かむやたてひめ)と言われています。ただ、神屋楯比売の古事記での書かれ方は
・名前が系譜の中に出るだけ
・神話エピソードが一切ない
・出自・親神・性格 → 不明
と、詳しい情報がなく、かなりぼかされています。そして奴奈川姫と同様に日本書紀には出てきません。
 
また、文献が変わると事代主の母は変わってきます。
他に、高津姫(たかつひめ)、多岐都比売(たぎつひめ)という名前が違う文献に出てきます。これを整理してみました。
 
① 神屋楯比売(かむやたてひめ)…【記紀(古事記)系・最も公式】
・出典…『古事記』
・立場…事代主の母、大国主の妻
・出自…譜・物語:一切不明
・ 名称が示す性質…「神を宿し、神意を守る場」そのものを人格化した存在  
   神屋(かむや):神の宿る建物・神殿
   楯(たて):守る・囲う・防護する
・神格・性質(推定)…祭祀的、抽象的、非人格的、中立的
・事代主との関係性…祭祀構造のペア
  母=神意を受ける「器」に対し 子=神意を語る「声」

国家神話に最適化された母神で、特定の地域に結びつかない、どの勢力にも属さないという特徴があります。

② 高津姫(たかつひめ)…系譜文献(先代旧事本紀)系
・出典…『先代旧事本紀』
・立場…事代主の母、大国主の妃
・名称に見える性質…神意が降りる「高所・聖域」の女神
   高津→高所・聖域・境界・神の降臨点
 ただし、多くの研究・系譜解釈で「神屋楯比売の別名・異名」と扱われる
・役割的特徴…神殿・高天的、天と地の接点、祭祀拠点の女神

公式神話である記紀と地方の伝承をつなぐための配置という考察がされる。 
記紀より後世の整理された系譜で、神屋楯比売より具体性があるが、物語性は乏しいようです。

 ③ 多岐都比売(たぎつひめ)…【宗像三女神・海人勢力】
    高津姫と同一視される。
・立場…宗像三女神の一柱、事代主の母、大国主の妃
・神格・性質…「外界とつながる神」
  海・航海・交通、外交・交易、境界(陸と海、内と外)
  神託・航海安全・神意の媒介として
・役割的特徴…神意を外から運んでくる存在として巫女性があらわされる。(宗像は巫女的性格の強い信仰圏)
・事代主との共通点…海との結びつきが非常に強い

広域国家形成を象徴する母神としての配置
高津姫と同一視されるため、同じ配置と見ることが多いようで、大和政権への接続点として出雲 × 宗像(九州海人勢力)の結合が必要だったと考察される。

ここまでで興味深いのは
・神屋楯比売と高津姫は同一視される
・高津姫は多岐都比売と同一とされる
       つまり
この3神は、同一の可能性があります。
後世の解釈としても、この三神を同一視する傾向もあるようです。

 《3母神と奴奈川姫の共通点》
注目すべきはこの3神の性質が、これまで調べてきた奴奈川姫の性質との共通点が多い事です。というよりも、奴奈川姫がこの3神の性質を全て持ち合わせているといもいえるのです。、
 
・神屋楯比売の性質 ⇄ 奴奈川姫
  神意・祭祀…「神意を受け、正統性を与える母」という機能は一致。
 ・高津姫の性質 ⇄ 奴奈川姫
   聖域・境界…「境界に立つ聖なる女性」という性格が重なる。
・多岐都比売の性質 ⇄ 奴奈川姫
  海・外交…「外部世界との接続・外交を司る母」という点が近い。
 
このように奴奈川姫は、事代主の母とされる3母神のそれぞれの性質を、1人ですべて持ちあわせています。
神意(歌・巫女)+ 境界(越・異界)+ 外交(婚姻)= 奴奈川姫

《歴史書における意図的分割》 
調べてみると、一定の意図があって編纂された歴史書では、1人の人物を分解して別の人物のように記録に残す…という手法は多々あるようで、もしそれが奴奈川姫にも使われたとしたら、奴奈川姫が事代主の母であった可能性が出てきます。
 
・一人の性格・役割を複数の神・人物に分ける
・同一人物の別名・異伝を別人として並存させる
・記紀は「一本化」だけでなく、矛盾した伝承も併記する。
  例…同じ系譜に異なる名前や異なる親子関係が出てくる
   …同様の事績を持つ別人物が記される
結果として…一人の人物が複数人に分裂したように見える
 
では、記紀において特定の存在を分解する意図は何でしょうか

① 政治的理由
記紀の場合は大和政権は全国の豪族をまとめる必要があった。
各地の伝承を「消さない」、しかし中央の系譜に組み込む。
その結果、一つの伝承を分割して複数に分配する。
また衝突を避けるための「編集」という事もあるかもしれません。
 
② 神話体系の整合性
矛盾する伝承を無理に統合すると破綻します。
そこで役割ごとに神や人物を分けるのです。
例えば、創造神、争いの神、国造りの神
→ 元は一系統でも機能別に分離することで、整合性をもたるため。

③ 権威の演出(系譜操作)
天皇家の正統性を強めるために、強い英雄の要素を分解して
複数世代に配置し、功績を「累積」させる
その結果、一人の偉大な人物が何人もの祖先に分散される
 
④ 伝承の接合
記紀は一貫した物語ではなく、複数資料の編集体であるため
編集者(太安万侶・舎人親王ら)は、完全な統一よりも「全体としての整合性」を優先し、そのため重複や分裂がそのまま残る
 
という事が、歴史書にはあるという事が分かりました。

記紀が、大和政権の正統性を記すという意図で成立している文献ですので、
越の巫女王としての奴奈川姫は、出雲王権にとっても大和政権にとっても強すぎる存在だったという可能性もあります。

ここまでの3母神との比較で、奴奈川姫を分割した可能性もあるという事は少し見えてきました。
しかし、まだまだ説得力は弱いのではないかと感じます。

そこで出雲~北陸~越の国に、事代主の伝承がないのかを調べてみました。
直接的に事代主が奴奈川姫の実子であると考えられるような伝承はないものの、興味深い伝承がいくつかありました。
しかし、その伝承がどんどんつながってなんともエキサイティングな考察へと発展していくのです。

その伝承は
・田伏・奴奈川神社の社伝
・上越市五智の越後一宮・居多神社
・妙高市の斐太神社
に残されていたのです。

次回からは、その地元の伝承を紹介していきます。
今後の展開をお見逃しなく。

ではまた次の講釈で


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