第5回 地元に残る奴奈川姫の系譜
前回は、3つの黒姫山にまつわる奴奈川姫の様々な伝承について
ご紹介しました。(前回の記事にコメントをいただいたんですが、なんと新潟県内に黒姫山がもう一つありました。4つも黒姫山があるんですね。興味深いです。)
その際に参照した「古代越後 奴奈川姫伝説の謎 黒姫山の神秘にいどむ」 渡辺義一郎/著という本には奴奈川姫に関わる神社についても細かく調べられていました。
以下に簡単に神社のリストをご紹介します。退屈だったらリストは飛ばしてくださいね。
《糸魚川エリア》
●奴奈川神社(一の宮)/糸魚川市一の宮1-3-34(天津神社境内)
祭神: 奴奈川姫命、八千矛命(大国主命)
(補足…天津神社(あまつじんじゃ)…越後国一宮/糸魚川市一の宮1-3-34
祭神: 天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)、天児屋根命、太玉命
●能生白山神社(のうはくさんじんじゃ)/糸魚川市大字能生7238
祭神: 奴奈川姫命、伊弉那岐命、大己貴命
●奴奈川神社(田伏)/所在地: 糸魚川市田伏609-1
祭神: 奴奈川姫命 (配祀)大日霊尊 八千矛命
●青澤神社(あおさわじんじゃ)/所在地: 糸魚川市青海2696
祭神: 奴奈川姫命
●山添社(糸魚川市田海)/所在地: 糸魚川市大字田海5312
祭神: 大山祇命(おおやまつみのみこと)、奴奈川姫命
《上越市、妙高市エリア》
●居多神社(こたじんじゃ)/上越市五智6-1-11
祭神: 大国主命、奴奈川姫命、建御名方命
●阿比多神社(あびたじんじゃ)/上越市大字長浜101
祭神: 奴奈川姫命、建御名方命、少彦名命
●乳母嶽神社(うばたけじんじゃ)/上越市茶屋ケ原(旧谷浜村)
祭神: 奴奈川姫の乳母(名前は不詳、一説に雁田姫)
●府中八幡宮(ふちゅうはちまんぐう)/上越市西本町4-1-1
祭神: 誉田別尊(応神天皇)、奴奈川姫命(合祀又は古くからの守護神)
●渟名川神社(ぬなかわじんじゃ)上越市牧区宮口1164
祭神: 奴奈川姫命
●斐太神社(ひだじんじゃ)/妙高市大字宮内1
祭神: 建御名方命、八坂刀売命、大国主命
《十日町市エリア》
●松苧神社(まつおじんじゃ)犬伏
旧松代町・松之山郷総鎮守/十日町市犬伏(松苧山頂 標高350m)
祭神: 奴奈川姫命、合祀・配神:大山咋命、ほか十神。
●松苧神社(十日町市真田)/十日町市真田甲176
祭神: 奴奈川姫命
●後見権現(うしろみごんげん)/ 後見神社/十日町市松之山東川
祭神: 奴奈川姫命の従者(後見役)
●葦原神社(あしはらじんじゃ)/ 別名:足洗権現/十日町市松之山(東川付近)
祭神: 奴奈川姫命
《柏崎エリア》
●鵜川神社(うかわじんじゃ)※奥宮・里宮
【奥宮】柏崎市高柳町(刈羽黒姫山 標高891mの山頂)
【里宮】柏崎市高柳町岡田825
祭神: 奴奈川姫命(合祀:大山祇命、健御名方命)
●黒姫神社(くろひめじんじゃ)/柏崎市高柳町折居
祭神: 奴奈川姫命、大山祇命
●機織神社(はたおりじんじゃ)/柏崎市高柳町女谷
祭神: 奴奈川姫命
●物部神社(ものべじんじゃ)/柏崎市西本町1-2-1
祭神: 経津主命(ふつぬしのみこと)、奴奈川姫命(配神・伝承)
小さな地域の神社などで、認識されない神社もあるかもしれませんが
調べられるだけで、これだけの神社があります。
注目すべきはこの中で、奴奈川姫の系譜を残している神社が2つあります。
《地元の神社に残る奴奈川姫の系譜①…田伏・奴奈川神社》
まず糸魚川エリアの 田伏・奴奈川神社です。
祭神は奴奈川姫命
歴史・由緒: 一の宮の奴奈川神社の元宮(あるいは遷座先)という説がある古社です。周辺には姫の居所だったという伝承があり、地域の人々からは「姫の宮」として親しまれてきました。一の宮が都市部・港の象徴であるのに対し、こちらは生活圏に密着した聖域としての性格を持ちます。
奴奈川神社
ここに伝わる奴奈川姫の系譜は
祖…高皇産霊神
祖父…意支都久辰為命(おきつくしいのみこと)
父…俾都久辰為命(へつくしいのみこと)
というものです。
この系譜がどういった文献に残されているかというと
『奴奈川神社縁起(社記)』 田伏の奴奈川神社に伝わる文書だそうです。
《地元の神社に残る奴奈川姫の系譜②…鵜川神社(高柳町)》
もうひとつは柏崎市エリアの 鵜川神社(高柳町)です。ここは奥宮と里宮とがあります。
祭神は奴奈川姫命(合祀:大山祇命、健御名方命)
歴史・由緒: 成務天皇の時代(古代)の創立と伝わる、エリア最重要の古社です。刈羽黒姫山そのものを神体山とし、山頂に姫が住んでいると信じられてきました。
伝承: 姫が山頂で機を織り、その布を鵜川の清流で晒したという伝説があります。山に雲がかかると「姫が機を織る煙が立っている」と言い伝えられ、雨乞いや農業、そして機織の守護神として深い信仰を集めています。
ここには、
祖父…意支都久辰為命(おきつくしいのみこと)
父…俾都久辰為命(へつくしいのみこと)
という、祖父までの系譜が伝わっています。
こちらについても系譜がどういった文献に残されているかというと
●『鵜川神社旧記(社伝)』 神社の蔵に伝わる独自の記録です。成務天皇の時代の創立から、代々の祭礼や神威について記されており、その冒頭に近い「祭神の出自」の項に、この二柱の神名が登場します。
●『温故の栞(おんこのしおり)』 明治から大正にかけて編纂された柏崎・刈羽地方の網羅的な郷土史料です。各地の神社の由緒が詳細に記録されており、鵜川神社の項において「奴奈川姫の父は辺久辰為命、祖父は意岐都久辰為命」とする系譜が明記されています。
●『高柳町史』 自治体史として、上記の社伝や古記録を現代語訳・整理して収録しています。
ということで地元の2つの神社に
祖父…意支都久辰為命(おきつくしいのみこと)
父…俾都久辰為命(へつくしいのみこと)
という系譜が伝わっているという事がわかりましたが、
調べてみるとなんと、
「出雲風土記」の嶋根郡美保郷の条には祖父、父については同じ系譜が登場し『先代旧事本紀』、『粟鹿大明神元記』には、書物の成立背景は異なるが、そこに記された神名の命名パターンや、三代をセットとする系譜の形式は完全に一致しているようなのです。
高皇産霊神を祖とする…という記述は無いにしても
同じ系譜が3つの古文献にあるというのは信憑性も無きにしも非ず?と思ってしまいます。
《出雲風土記、先代旧事本紀とはどういう文献か》
『出雲風土記』は、日本古代史・古代文学・民俗学の分野で、
価値の高い一次史料(同時代史料)として認識されています。
公的文書としての性格が強く、地名や産物、地理・伝承などが記録され
史料としての信憑性も認められています。
『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』については、少し複雑な評価の経緯があります。
先代旧事本紀は、日本の神話や古代の氏族(古い家系)の由来について書かれた古文書で、中世から近世にかけては高い権威をもつ文献とされ、神道や日本の歴史を考える上で重要な本として扱われてきました。しかし近代以降になると、特に序文に問題点があることが指摘され、文献全体が「偽書」と評価される時期が続きました。一方、現在ではその見方も見直されつつあり、問題のある序文は切り離した上で、本文には古い伝承資料として信頼できる部分が含まれていると考えられています。
そのため先代旧事本紀は、後世の脚色と古い伝承が混ざり合った文献として、慎重に価値を評価されている史料と位置づけられています。
そしてもう一つ、この系譜について確認していたら、知らなかった文献も出てきました。初めて目にする文献の名前です。
『粟鹿大明神元記(あわがだいみょうじんもとつふみ)』という文献で、これはは兵庫県の古社に伝わる文書で名前を縦線でつないでいく「系図」そのもので残しています。 日本に現存する家系図の中でも、最も古い形式(竪系図)を保っており、非常に実直な記録だと考えられています。
さて、そのうえで改めて系譜を見てみます。
祖…高皇産霊神(たかみむずびのかみ)
祖父…意支都久辰為命(おきつくしいのみこと)
父…俾都久辰為命(へつくしいのみこと)
祖父・父については、調べてもどんな神なのか漠然とした内容しか出てきません。(ここについては、後日じっくりご紹介します)
よく分からないなぁ~とこの系譜の文字を見ていてある事に気が付きました。
あれっ… ちょっと待って…
よく考えたら 祖が高皇産霊神っていうのは…これは…
と、一人でドキドキしてきました。
高皇産霊神は日本神話において、とても重要な立ち位置にある神です。
日本神話の本当に最初に現れた根源的な神「造化三神」の中でも、2番目に現れたとされる神です。
これは、もしかしたらトンデモナイ事かもしれない…となってきました。
高皇産霊神がどのような立ち位置にいる神なのか、ひとまず一般的に聞き覚えのある「イザナギ・イザナミ」まで簡単に図にまとめました。(神名の表記は古事記の表記に合わせました)

イザナミ・イザナミから天照大御神、スサノオなど、メジャーな(笑)神様へと繋がっていきます。
奴奈川姫についての一般的な認識は、広大な越の国を治め、日本の宝である翡翠を司る強力な女王といったところでしょうか。とはいえ地方の有力豪族の女王でしかありません。
そして、出雲の王と結婚したので、どちらかというと出雲系にくくられ、天の世界を治める「天津神」に対して、地上で実際に国を作り運営する「国津神」のイメージが強いのです。
でも、この地元の神社に伝わる系譜だと
高皇産霊神が祖であるならば奴奈川姫は「天津系」の系譜という事になります。つまり日本神話において「神族の血筋」を奴奈川姫が持っているということになるのです。
だとすると、これは大変な事です。
もしかしたら、ただの地方の女王ではないかもしれないのです。
私のドキドキは増すばかりです。
ある程度、納得できるような、信憑性や可能性を見出せるような
そんな伝承や記録などの手掛かりは何かないのだろうか。
ここから、さらにディープな越の国への探検が始まります。
今回も長くなりました。
では、また次回の講釈で。
