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第7回 竹内文書における越の国

前回は、古事記・日本書紀において、奴奈川姫がどのように記述されているのかということを検証してみました。しかし、情報が少なく、「古史古伝」という領域にその痕跡がないのかと、足を踏み入れることにしました。
 
まずは、古史古伝の中でも代表的な文献 「竹内文書」 から調べていきます。
 
前回少しだけ紹介しましたが、竹内文書(たけうちもんじょ)がどういった文献かを改めて、もう少し詳しく説明します。本来はこの文献だけで一つのテーマのブログや研究ができるほどの壮大な、そして奥深い文献で、逆に簡単に紹介するのが難しいです笑。簡単に紹介しようと思うと、薄っぺらく思われてしまうのではないかと躊躇してしまいます。
 
改めて竹内文書の概要です。
竹内文書とは、竹内宿禰(たけのうちのすくね)を祖とする竹内家に伝わってきたとされる古文書群で、太古の出来事を神代文字で記した記録を、後世の当主たちが書き写して受け継いできたと伝えられています。 20世紀初頭に竹内家の竹内巨麿(きよまろ)氏(今回のカバー写真の人物です)によって公開され、神代文字で記された原文や、漢字・カタカナ交じりに翻刻された写本、文字の刻まれた石や鉄剣なども紹介されています。その内容は、私たちの常識を根底から覆すものばかりで、古事記を「おとぎ話」としたら、竹内文書は「SF」というスケールに例えられるように思います。
 
また、これとは別に口伝で代々歴史を伝えて守ってきた「正統・竹内文書」というものもあります。こちらでは代々「武内宿禰」を襲名し、秘伝として守ってきましたが2000年代に入り、口伝が語られ始め人々に知られるようになりました。
 
この2つの竹内文書は、スタンスに違う面がありますが、描かれている歴史の光景はほぼ共通しています。
(茨城・竹内文書、正統・竹内文書、どちらもYoutubeやネット上たくさん詳しく説明されているものがありますので、ご興味ある方はぜひ検索してみてください)
 
ではこの竹内文書の中で越の国はどのように記録されているのか。
AIの情報収集力を借りて、調べられるだけ調べてみました。
(前提として…竹内文書に限らず、古史古伝は原本が漢字以前の日本固有の文字「神代文字」で書かれているものが多く、原文で確認できるものには限りがあるため、調査内容は原文に加えて、後世の写本や研究者の残した文献、周辺伝承(外典系)や考古学的背景などが参考にされています。)
 
これは、越の国に育った者、住んでいる者にとっては驚くべき内容です。
 
竹内文書において「越の国」は、 “世界の中心”に近い聖地圏として扱われ、特に越中(富山)〜越後(新潟)一帯が、神々・天皇・聖人が集う重要地域として描かれています。 これは記紀とはまったく異なる位置づけで、竹内文書の世界観の中で極めて重要な地域です。
 
《竹内文書における越の国の基本的な位置づけ》
竹内文書の内容を総合すると、越の国は次のように描かれています。
 
 越中富山が「世界の中心」
竹内文書では、皇祖皇太神宮の本宮は太古には越中富山にあったとされ、 ここが世界文明の中心であり、 モーセ・キリスト・釈迦・孔子などの「世界の聖人」が訪れた場所と記述されます。 この「中心地」概念は、越の国を単なる地方ではなく、 神代から世界規模の政治・宗教の中心地として描くものです。
 
五色人の出発点と地霊的背景
全人類(五色人)の祖先は越の中枢から世界へと散らばったとされます。その際、越後は「世界の周縁」ではなく、むしろ聖域の守護や神宝の供給を担う、宗教的に純度の高い領域とみなされます。
 
天皇が“天の浮舟”で世界を巡行した拠点
越中呉羽山には「飛登行所(はねひぎょうしょ)」があり、天皇はここから「天の浮舟」を操り、世界規模の巡行(万国巡行)を行っていたとされます。石川県羽咋市の伝説等ともリンクし、北陸一帯が高度な文明の拠点であったことが強調されます。
 
地名・神名の広域性
竹内文書では、古代の地名や神名が広域にまたがる形で扱われ、 越後・越中・越前を分けずに「越の国」文化圏として扱う傾向があります。 (これは記紀の「高志(こし)」の広域性とも一致します。)
 
このように竹内文書の世界観では、 越の国は「日本の北方の一地方」ではなく、世界文明の核となる中心地として描かれています。記紀では越の国は「北方の重要だが周縁的な地域」として描かれますが、 竹内文書では越の国こそが神代からの中心地となります。興味深いのは政治的中心は、越の国の中でも越中(主に現在の富山県)となっていますが、越後(新潟)に関わる要素も重要な位置づけで書かれています。
 
《神宝と越後》
また、注目すべきは神宝と越後の関係です。
竹内文書では
・天皇が神宝を授かる
・神宝を奉納する
・神宝を守る神官が存在する といった場面が、越中の宮を中心に描かれます

竹内文書に登場する神宝は、主に次のようなものです。
神鏡、神剣、勾玉、霊金(ヒヒイロカネ)、石板(真十戒)
 
これらはすべて 皇祖皇太神宮(=越中)に保管される とされます。
つまり、神宝の保管庫=越の国 という構造が竹内文書の世界観に組み込まれています。
そして神宝については神宝の原形となる“玉・剣・鏡”はいずれも越後地域に由来すると考えられるようなのです。
 
ここで、前回ちょこっと書いた三種の神器はもしかして越由来かも…という推測がまさかの展開で繋がってしまったのです。そこを詳しく調べてみました。すると竹内文書の世界観では「三種の神器の原型が越の国で産出・作られた」という記述や解釈は明確に存在するというのです。

①勾玉(八尺瓊勾玉)の原型:糸魚川の翡翠
竹内文書の体系では、勾玉の起源は「糸魚川(越後)」と強く結びつけられています。
勾玉は「魂の象徴」であり、その最高の素材は「越の国の海辺(糸魚川周辺)」で採取される霊石(翡翠)であるとされています。
糸魚川を治めていた奴奈川姫(ヌナカワヒメ)と考えられる存在が、竹内文書の系譜においても高位の巫女王として描かれ、彼女がヒスイを神宝として捧げ、あるいは守護していたという文脈が語られます。

②剣(天叢雲剣・草薙剣)の原型:越の製鉄
剣については、素材となる「鉄(ヒヒイロカネ)」や「製法」が越の国に由来するとされます。

  • 竹内文書には、天皇が「霊金(ヒヒイロカネ)」という超古代の金属を授かる場面が登場しますが、これを作る高度な技術集団(金属部族)が越の国に拠点を置いていたという記述が見られます。

  • 特に妙高・黒姫といった火山帯、あるいは糸魚川周辺の特殊な鉱物資源が、剣(神宝)を鋳造するための「聖なる火と鉄」の供給源であったと解釈されます。

③鏡(八咫鏡)の原型:鏡作りの伝承
鏡についても、越の国が「神を映す器」を献上した地として描かれることがあります。天皇(スメラミコト)の権威を象徴する鏡が、越の国の職人集団によって磨かれ、献上されたという伝承があります。

実は神宝の鏡には奥津鏡(おきつかがみ)・辺津鏡(へつかがみ)というものがあります。これは記紀で 『十種神宝(とくさのかんだから)』 の一つとして登場しています。この奥津鏡・辺津鏡は竹内文書の文脈でも「神宝の鏡」と深く関わっており、これらが越の国で完成し、後に中央(皇祖皇太神宮)へ奉納されたという構造が体系的に語られています。
これは注目すべき点で、奴奈川姫の系譜に登場する「祖父・おきつ、父・へきつ」と共通しています。この「おきつ・へきつ」が一体何なのか、という事についてもいずれ深堀りしてみたいと思っています。

ここまでの流れとして、「三種の神器は中央で生まれたものではなく、世界の中心であった越の国(越後・越中)から、スメラミコトの権威の証として
奉納されたものである」というのが、竹内文書流の歴史観です。

《どのような文献で書かれているのか》
これらの記述が『竹内文書』およびその関連文献において、どのように書かれているのかも調査してみました。
以下の古文書調の文については、竹内文書の各種二次資料や伝承を基に、AIがその要旨を分かりやすく原文調に再構成・擬似化したものです。一言一句の直接引用ではありませんのでご了承ください。

『竹内文書』(原本・校訂版)
竹内巨麿が公開した原本の系統では、上古第24代(天身光天津日嗣天日天皇)などの条に、越の国からの「神宝奉納」の記述が見られます。
実際の記述のニュアンス(要旨)
「越の国の主、越姫(あるいはその一族)、スメラミコトに天の御印の霊石(ヒスイ)を捧げ奉る。この石、光り輝きて闇を照らし、万の病を癒やす力あり。天皇、これを喜びて神宝と定め給う……」

ここで語られる「霊石」こそが、三種の神器の一つである「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」のルーツであるという位置づけです。越の国は単なる産地ではなく、「天皇の霊威を保証する神聖な石の供給地」として特筆されています。
 
『竹内文献』における「金属」の記述
三種の神器の「鏡(八咫鏡)」や「剣(草薙剣)」についても、その素材が越の国の特殊な金属であるとする記述があります。
「越の国は真鉄(まがね)およびヒヒイロカネの出づる地なり。此の地より出でし鏡、天の日の如く輝き、剣は悪鬼を払う……」
越の国の高度な冶金技術と、そこで採掘される伝説の金属(ヒヒイロカネ)が、神器の製作に不可欠であったと語られています。
 
『皇祖皇太神宮』の伝承資料(広報誌『神習』等)
竹内文書を信奉する皇祖皇太神宮(富山県)の記録には、越の国の重要性がより宗教的な文体で記されています。
「越は神宝の宝庫なり。天上の神々、越の地の霊石を愛で、その地に文字(越文字)を伝え給う。三種の宝、この地より出でて天下を治める標(しるし)となれり」
越の国が「宝の産地」であると同時に、「文字(文明)」の産地でもあることを強調しています。
 
伝承者や研究者らによる『竹内文書』の解説書
竹内文書を伝え守ってきた竹内家の宮司・竹内義宮氏が編纂した『神代の万国史』や、酒井勝軍や高坂和導氏ら竹内文書の研究者によれば、上古代の越後地域は神宝の素材供給地としての重要な役割を担っていたとされています。彼らの残した研究書・解説書でではこのような文章で書かれています。
 
「越の国の海岸にて得られる霊石(ひすい)は、天照大神の御霊を宿す宝玉なり」
 「頸城(くびき)の野にそびえる霊山にて、鏡の如き石と、剣を打つための火を得たり」
 「越の国の火吹く山(火山)の麓にて、金(かね)を練り、天の宝剣を造る」

これは現在の妙高山や黒姫山といった火山帯を指していると解釈されます。これらの地域には古代の製鉄遺構や、金属にまつわる伝承が多く残っており、竹内文書の信奉者や研究者の間では「越中が政治の中心地(本社)であれば、越後は高度な技術を持つ工人の地(工房)」であったと、地名を結びつけて語られます。

《竹内文書における「越の国」の定義まとめ》

  1. 世界文明の始まりの地(中都) 皇祖皇太神宮が置かれ、政治・宗教の頂点として機能していた。

  2. 神宝の産出・管理・供給地 神器(勾玉・鏡・剣)の原型や、超古代の金属(ヒヒイロカネ)を生み出す霊域であった。

  3. 万国巡行のハブ(交通の中心) “天の浮舟”の発着拠点であり、ここから世界中に文化と技術が伝播した。

  4. 人類精神の帰還地(聖人の修行場) 五色人の祖先や世界の聖人たちが集まり、神道を学ぶための「精神の源流」であった。

 
これが、竹内文書における越の国の描かれ方です。
すごいです。想像を超えていました。
超重要地域じゃないですか…。
三種の神器の推測がまさかの一致で、ゾクゾクしてしまいました。
 
最後に余談ですが
私自身は20年以上前にこの竹内文書の存在を知りました。
当時あるCSの番組で竹内文書について紹介していたのをたまたま見たのです。
竹内文書ではキリストが日本に来ていて、青森で亡くなった…とされているという紹介もあってその時は、 日本が起源? キリストの墓? と笑っていました。しかしその直後、CSの別の番組でオーストラリア人の男性が宇宙人に誘拐された体験を本にした…という話を紹介していました。
その中で、別の惑星に連れていかれたその男性は、その星のマスターという高貴な人物たちから地球の歴史を聞かされ、キリストの話も聞かされます。そこでなんと、キリストが日本の青森で亡くなったと教えられた…というのです。
その時の衝撃といったら、あのうさん臭い古文書の話とこっちも胡散臭いアブダクションの話が(笑)まさかつながるとは! というわけで竹内文書を調べるようになったのでした。どっちにしても胡散臭いというのが何ですが。
 
そんなわけで竹内文書については、私自身がずいぶん本を読んだり調べたりしてきましたが、「越の国」・「奴奈川姫」という視点では見てこなかったので、今回時代が移り変わり、AIの力を借りてですが、改めて調べていく中で出てくる情報に、私が一番びっくりしています。
 
というわけで、今回も長くなりました。
 
次回は 竹内文書において奴奈川姫がどのように書かれているのかをご紹介したいと思います。
 
それではまた次回の講釈で。
 


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