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第17回 綏靖天皇(カムヌナカワミミ)は奴奈川の血統か

前回は、上越市の居多神社と妙高市の斐太神社の事代主についての伝承から、事代主が奴奈川姫の実子である可能性が高まったことをご紹介しました。そして、その場合に浮かび上がってくる大和政権成立の秘密を紹介しました。

今回は、事代主が奴奈川姫の実子であることを決定づけてしまうといっても過言ではない、第二代天皇の本名「カムヌナカワミミ」についてまとめていきます。

まず前回も紹介した、事代主が奴奈川姫の実子である場合に、どのような系譜になるのかという系譜図をもう一度見てみましょう。

第二代綏靖天皇の本名に「ヌナカワ」があることが、この系譜を見ると、とても理にかなったものであるとよくわかります。むしろ、「カムヌナカワミミ」という名前を持たせたという事実は、「ヌナカワ」の血統をある種主張しているように見えるのです。

事実関係をまず整理すると、古事記で確実に書かれている系譜は
大国主
  事代主
   媛蹈鞴五十鈴媛命(神武天皇の皇后)
    └ 綏靖天皇

となり、綏靖天皇は事代主神の「外孫」であり、
母系をたどると、事代主 → 大国主につながる
これは解釈ではなく、古事記本文にある事実です。

《 神渟名川耳命(カムヌナカワミミ)という名の異質さ》
この古事記の前提を考えると、綏靖天皇の名前が「カムヌナカワミミ」というのは、かなり異質です。これは偶然とは考えにくく、また無意識的ではありえず、意味づけがあったと考える方が合理的です。

① ヌナカワは珍しい語
 ・
古事記に何度も乱用される語ではない
 ・明確な連想先(奴奈川・越)がある

② たまたま入れる理由がない
 ・
神武天皇自身は日向系(九州)神話
 ・大和政権の説明に、越の地名は必須ではない
それでもなお、第二代天皇の本名にわざわざ「ヌナカワ」を埋め込んでいる

もし単に「神聖な川」という意味で広く使われる一般名詞なら、神々の名前にも頻出するはずですが、ここ以外には『奴奈川姫』の文脈でしか登場しません。

「カムヌナカワミミ」の構成要素を見ると
 ・神(カム)
:神的・正統の標識
 ・渟名川(ヌナカワ)…明確に地名・系統名として認識可能
           …奴奈川姫・越のイメージと直結
 ・耳(ミミ):皇子・貴種を示す称号要素

ここで、事代主が奴奈川姫の実子であった場合の系譜を改めて見ると整合性がとれており、つまりこれは「神的正統性をもつ“ヌナカワ系の皇子”」という自己紹介に近い名前であると考えることができ、その正統性を名前という最も消しにくい形で刻印したという風に見えます。

そうするとです。
大和政権の背後に越の国、それもヌナカワの系譜が大きく関与していたという事になるのです。

《この構造が意味するもの》
・表向き…天照系が支配、天孫系の正統
・実際の正統化事代主(在地・日本海系)の娘と婚姻 → その血を王統に入れる

越(奴奈川)に代表される日本海側の王権・祭祀的権威が、事代主系を媒介にして大和王権の母系・婚姻構造に取り込まれている。これは「正統性の鍵を握る母系」という事になり、「血統」と「祭祀」の両方で越の国が大きく影響している…という事になります。

古代では、
父系 → 支配権の表現、 
母系 → 正統性の保証   という構図が世界的に多く見受けられます。

●古代エジプト
ファラオの正統性は 母系の血統 によって保証されました。
・王子が王になるには「王家の娘(王女)」を妻にする必要がある
・母が王家の血統でなければ王位継承が成立しない
 → 支配権は父系、正統性は母系で保証される典型例

●古代ケルト(アイルランド・スコットランド)
ケルトの王は 王女と結婚しなければ王になれない という慣習がありました。
・父系が軍事・支配権
・母系が祭祀・血統の正統性

●古代ポリネシア(ハワイ・タヒチ)
王の神聖性は 母の血統の格 で決まりました。
・母系が高位でなければ王になれない
・母系が祭祀権威の源泉
 → 母系が「神聖性」を担う構造。

●古代中国(殷王朝)
殷王朝は母系の影響が極めて強い王権でした。
・王の正統性は「母の氏族」で決まる
・母系の氏族が祭祀を担う
・父系が政治を担う二重構造
 → 日本の「天孫 × 地祇(事代主系)」と同じ構造。

そして、これらの世界の例と同じ構造が 日本の古代王権にも見られます。
・神武天皇の皇后は事代主の娘
・綏靖天皇は事代主の外孫
・崇神天皇期の三輪山祭祀は大物主(事代主の神格)
・伊勢神宮・賀茂神社の斎王制度は母系の皇女が祭祀を担う
・出雲国造家は母系の血統で正統性が決まる

だから  父:天孫、母:事代主系(越) これで完全な王権成立と考えることができるようなのです。

《なぜ越の存在を隠したのか》
ですが、記紀は「越」が大和政権の成立に関わっていることは明記せず、隠している。という事になります。

なぜ隠したのか…その大きな理由は
九州から進出した天孫族が成立させた王権だということを強調したかった。という政治的事情ではないだろうかと考えます。

そのために
奴奈川姫系の母系王権を隠す必要があった
・大和王権の正統性が地方の母系に依存していたことを伏せたかった
・出雲系の母系が皇統に入っていることを弱めたかった

➔ つまり、ヤマト王権としては「日本海側の強大な王権(越・ヌナカワ)」の血を引いているという事実をそのまま出すのは政治的に不都合だった。だからこそ、その本拠地である「越」の地名を伏せ、ワンクッション挟んだ『出雲の事代主の娘』という形で、記紀の物語の中に組み込んだと考えることができます。

これが、事代主が奴奈川姫の実子であった場合に導き出される考察です。

このブログで、整理してきた「越の国」の高い権威と位置づけを考えると、大和政権の王権の正統性の裏打ちとしての存在に「越の国」があったという構図は、十分に成り立つように思います。

竹内文書を調べる中で見つけた事代主が奴奈川姫の実子であった…をという説がまさかまさかでこのようなところまでたどり着きました。

事代主が、大和政権にこのような形で大きく関わってきたとすると、実はもう一つ、恐ろしいほどの符合が、上越エリアに残されているのです。

それは、上越エリアに残される「三輪山信仰」の痕跡です。

三輪山信仰は、大和政権の中枢・根幹ともいえる祭祀で、大物主(大国主の和魂)を三輪山そのものを神体として祀る、古代大和の最古層の祭祀体系です。

その上越エリアに残される「三輪山信仰」の痕跡
を次回、ご紹介していきます。

ではまた、次回の講釈で。

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