経営にも、アスリートのようなコンディショニングが必要。だと私は思う。
アスリートには、整えるチームがいる
アスリートは、能力を発揮するために、日々筋肉や身体の機能性を高めています。トレーナーがコンディションを管理し、栄養士が食事を設計し、専門家が睡眠や回復のプロセスにまで関与する。フィジカルの土台を整えることは、勝つための当然の投資として扱われています。近年は、その身体を使うマインド――集中力や意思決定の質――まで手入れする選手が増えてきました。身体とメンタル、両方への投資が当然とされる世界です。
一方、経営やビジネスの現場では、同じような発想はまだ一般的ではありません。
判断力も胆力も、いまだに「気持ちの持ちよう」で語られることが多いように思います。
モチベーション、覚悟、ネガティブケイパビリティ。
言葉は尽くされる一方で、その言葉を発している身体の状態――夜どれだけ眠れているか、日中どれだけの緊張を溜め込んでいるか――そこを専門的な目で見てもらう機会はほとんどありません。
整えるのは、いつも本人任せなのです。
言葉だけでは、動けない人がいた
わたしはもともと、強みを見立てるコーチングから、この仕事をはじめました。誰の中にもある力を言葉にして手渡せば、人は前に進めると考えていたのです。
その考えを変えたのは、ある女性との出会いでした。誰もが羨む職業人生を歩んでこられた方でした。
けれどご実家の介護が始まり、現住所と実家を行き来する日々の中で、少しずつ何もかもがうまくいかなくなっていく感覚に襲われ、身体にも不調が出るようになりました。
感覚が過敏になり、周りの音や光さえ負担に感じるほどだったといいます。
言葉での対話ではなく、身体からのアプローチ――ボディワークを重ねていくうちに、その過敏さが少しずつ和らいでいきました。
表情に、声に、その方らしい存在感が戻ってきたのです。
セッションを受けていることはご家族には内緒にされていたそうですが、ある日息子さんから「お母さん、もう大丈夫なんだね」と言われたと、話してくださいました。

経営者やリーダーに、同じ構造を見た
以来、同じ構造を、経営者やリーダーの方々の中に繰り返し見るようになりました。
あるチームリーダーは、会議での緊張グセをご相談にいらっしゃいました。お話は理路整然とされ、人当たりも常識的、資格も申し分ありません。けれど朝ごとに理由のわからない不安があり、対人関係の押し引きになると、どこまで主張し、どこを差し控えるべきか、大きな迷いが生まれるとおっしゃいます。能力はまったく問題がないのに、その能力が実際の場面で使われるのを、身体の状態がせき止めていたのです。
別のリーダーは、表面的にはおおらかで、部下にもお客様にも慕われる方でした。けれど夜間の食いしばりで歯茎に損傷が出るほどで、就寝時にはマウスピースが手放せません。
身体から探っていくと、日中に積み重なった対人緊張を、眠っている間に発散させていたことがわかりました。
ひとりで背負う人には、また違う形で出る
個人で事業を営む方の場合は、また違う形で表れていました。
相談できる相手がいない。相談できたとしても、細部まで一緒に背負ってはもらえない。ある方は、「どう決めるか」よりも「どちらへ向かいたいか」という、ご自身の軸の感覚が薄く、何かにぶつかるたびに、それを挫折として受け止めていらっしゃいました。
軸と境界――どこまでを自分が引き受けるか――の感覚が身体に戻ってくるにつれて、迷いは少しずつ減っていきました。
優れているからこそ、陥る
興味深いのは、これが能力の低い方に起こるのではないということです。むしろ責任感が強く、周囲からの評価も高い方ほど、この状態に陥りやすいという逆説があります。優れているからこそ、無理を重ねられてしまうのかもしれません。
判断力も、胆力も、気合いでは持ちません。
それを支えているのは、目に見えないところで働き続けている神経の状態であり、身体の使い方です。
身体の感覚には、自分が何に緊張し、何を守り、どちらへ向かおうとしているのかを知る手がかりがある。多くのクライアントに接してきて、わたしはそう感じています。
アスリートがとうに知っていることを、経営の世界はまだ知らないだけなのかもしれません。
整えるべきは、覚悟の量ではなく、身体という土台です。
_______________
この記事を書いた人
皆川公美子
身体感覚・神経系・愛着の視点から、人が「わかっているのに動けない」「持っている力を、必要な場面で使えない」状態を探究してきた実践家。
BMS主宰。株式会社サステナミー代表。
東京藝術大学卒。元ソニー・ミュージック制作ディレクター。
国家資格キャリアコンサルタント/Gallup認定ストレングスコーチ/心理セラピスト/ボディワーカー
まだ、やりたい仕事がある人へ。
人の「働く」と、心理と、身体はつながっている。
その実感をもとに、人間らしくすこやかに、必要な場面でその人ならではの力を発揮するためのコンディショニングを提供している。
BMS個人セッション、講座、支援者育成、企業研修を通して、身体・心理・人との関係・仕事を切り離さず、その人全体を見ながら伴走している。
グループセッション・個人セッションを通じて、のべ8,967名に伴走。
イベント・研修・講演等を含む総参加者数14,731名。
講座・イベント開催453回。2026年8月末現在。

