「警察署で免許更新、眼鏡・免許不携帯のピンチ」
アドベンチャーランド、警察署
①「運転免許証更新などのお知らせ」
「葉書きてんで。これ、“あれ”ちゃう?あれあれあれあれ、見てこれ、ほい」
仕事から帰宅したY子さん。
キッチンへ直行しながら、かばんの中の水筒を探る。“あれ”らしい葉書をリビングの僕にトランプ投げの要領でよこした。
僕「上手いやーん」とY子さんの「コーヒー飲も」が同時に重なり、空中で相殺される。
「お湯沸いてるよ」とだけ声をかけ、葉書を引き寄せ「あー、“あれ”か」と”納得感と面倒くささ”が同時に立つ。
葉書「運転免許証等更新のお知らせ」
「いつぶり?」と、法事などで会う面倒くさい親戚への対応と同一の感覚。
マイナ免許証のすすめが書いてある。何かと便利そうだしやろう。
オンライン受講は、ゆで卵を作りながらあっという間に終わった。万全の体制で、警察署へと向かう。
②「勇んで警察署へ入場」
当日は晴天。
陽光がじんわりと暖かい。バイクで向かう道中の風は、キリッと冷たい。対比がとても気持ちいい。
るんるん気分で警察署へ到着。忘れ物もなし。ブラックコーヒーと温めたほうじ茶、水筒2本。ポケットにはY子さんからパクったチョコひとつかみ。
遠足くらいの覚悟がいるほど、「手続き」には時間がかかる。
「ホラ 春先小紅 ミニミニ 見にきてね」
と脳内の矢野顕子が、調子を盛り上げてくれる。
意気揚々と入場。
受付で「マイナ免許更新に来ました。オンライン受講は済ませてます。現金持参、お手続きお願いします。」と、マイナカードと必要書類一式を渡しながら、一息に伝えた。
「わかりました!記入資料を取って参りますので!」と、フレッシュ感全開の警察事務職の担当女性は、一拍あけて、紙を手に戻ってくる。きびきびとした対応が気持ちいい。
窓口越しにいくつか質問をされる途中。
フレッシュ事務職「このあと視力検査があるのですが、本日はコンタクトレンズですか?免許証項目に”眼鏡等”と記載されていますね。」
僕「あっ!!忘れてしまった!どうしましょう。取って来ましょうか。」
フレッシュ事務職「今日はどのようにして、こちらまでいらっしゃったんですか?」
僕「バイクっす!」
フレッシュ事務職「“眼鏡等”!!」
僕「…」
そのままブラックアウト。何時間か過ぎていた可能性もある。
③「視力検査を”虫化”する」
僕「…気をつけます。」
フレッシュ事務職「はい! いったん裸眼でやってみますか?」
僕「いやー、無理ですよ。年々視力落ちてますもん。」
フレッシュ事務職「万が一ってこともありますし!チャレンジは無料ですから!」
僕「ワンチャンて使えるんですね。警察って。」
フレッシュ事務職「はい使えます!何チャンでも使えます!」
僕「課金なしっすか!?」
フレッシュ事務職「……」
僕「しましょ。お願いします。」
視力検査。左右0.3ずつ、両目で0.7見えていたら「眼鏡等」は不要らしい。
ダメ元で検査機器に顔をつけ、にらみつける。
ファーストテイク。右眼に映し出された遠くの「C」が開いている方向に目を凝らす。
もう見えん。「…右」
カシャリ。「C」が更なる向こうへ。
ぼやけ、黒胡麻ほどの点が揺れ動いている。
実はこいつ、虫か?そう思うと、そいつは頭を左に向け、長い後ろ脚が右方向へガニ股で開かれている。気がする。
しらん。「右です」
「見えてますねー!いいですよー左眼行きます。」
見えてるっ!? 虫作戦成功。
その後、ほぼ見えない「C」を昆虫化させることで左眼、両眼。ミスなしで全クリという偉業達成。
僕が最後に「…上!」と言った時、フレッシュ事務職からため息がもれた。
それほどにドラマチックな視力検査だったのだ。
「いまこの時を持ってあなたは、“眼鏡等”では、ありません!!」
高らかに宣言するフレッシュ事務職は、僕を勝利に導いたジャンヌ・ダルクみたいに毅然としていた。
申し訳なさそうに、こう告げられる。
「“眼鏡等”の書き換えが、免許センターが開くまで更新できないです。お時間かかりますがよろしいですか?」
その申し出に快くうなずく。「勝者の余裕」というものを初めて知った。
④「八百屋と、もう一発」
僕「時間かかるなら、八百屋行ってきていいですか?」
フレッシュ事務職「もしかして”津田青果店”ですか?あそこ安いですよねー!私も使います。お散歩がてらですか?」
僕「失礼ながらごめんなさい。お若く見えるのにしっかりしてらっしゃいますねー!荷物になるんでバイクっす!」
フレッシュ事務職「“免許証不携帯”!!」
僕「…返して。一瞬返してもらえます!?」
⑤「夢あり、冒険あり、恋愛?あり、全てがここに」
八百屋から戻り、手続きが完了した。
「大変申し上げにくいんですが、手間取りまして数日かかってしまいます。再度お越しいただけますか?」
眉を下げるフレッシュ事務職。
「全然大丈夫です!都合つく時にまた来ます!」
我がジャンヌ相手には、何でもOKである。
「それでは!」と背を向けかけた僕に、フレッシュ事務職が言う。
「帰り道の国道、スピード違反見てますから、ね。」
“ジャンヌ”。「貴女に全ての祝福」をと40歳のおじさん、思っちゃった。
スマホを見て驚く。「2時間しか経ってないの!?」
かけがえのない体験だった。
ゴールド免許証をお持ちの方は、割引がききます。
