【あいさん💗Iカウンセリングルーム セラピスト/ 臨床心理士×公認心理師さん/UTAFILMS#22】
あいさんのこちらの、7777人ありがとう企画💗に参加することにしました。
キッカケはこちらの記事です🌸
すごく心に響いたのに上手く言語化できず、気になった理由を深掘りしたくなったんです。
そこにこの企画があったので、よし!書こう!となりました☺️
愛は、あるだけでは届かない。
あいさんの記事を読んで
あいさんの7777人ありがとう企画。
たくさんの記事の中からひとつを選び、
「なぜ、その記事を選んだのか」
を書くという企画。
私は迷わず、この文章を選びました。
『愛していた。それでも、うまく愛せなかった——18歳で母になった私へ』
読みながら、何度も手が止まった。
たぶん私は、
あいさんの人生そのものに感動しただけではない。
この文章の中に、
ずっと自分が言葉にできなかった何かを見つけてしまったのだと思う。
「愛しているなら、大切にできる」
私は長い間、
「愛しているなら、大切にできる」
と思っていた。
でも、人間ってそんなに単純ではないのかもしれない。
愛していても、傷つけることがある。
大切なのに、離れてしまうことがある。
失いたくないからこそ、
強く握りしめてしまうこともある。
逆に、
傷つくのが怖くて、
自分から扉を閉めてしまうこともある。
それを外側から見れば、
「なぜそんなことをするの?」
と思う。
本人だって思っている。
こんなに大切なのに。
こんなに愛しているのに。
どうして、うまくいかないんだろう。
私は電話越しに、
たくさんの人の恋愛や人間関係の話を聞いてきた。
何度傷ついても同じ人を追いかける人。
離れたほうが楽なのに離れられない人。
愛されているのに、
なぜか信じられない人。
逆に、
大切だからこそ、
自分から関係を切ってしまう人。
昔の私は、
そこに「依存」や「執着」という名前をつけていたこともあった。
もちろん、
それも間違いではないと思う。
だけど今は少し違う。
その行動のもっと奥には、
「安心したかった」
という、
とても小さな願いが隠れていることがある。
愛されたかった。
見捨てられたくなかった。
分かってほしかった。
ここにいていいと思いたかった。
人は時々、
愛を求めているのに、
愛とは正反対に見える行動をしてしまう。
それが私は、
とても人間らしいと思う。
過去の自分を責めないこと
あいさんの記事を読んで、
一番胸に残ったのは、
過去の自分を責めていないことだった。
18歳だった自分を、
「未熟だった」
の一言で切り捨てない。
だからといって、
「仕方なかった」
と美談にもしない。
できなかったことは、
できなかったこととして見ている。
傷つけたことも、
うまく愛せなかったことも、
なかったことにはしない。
それでも、
あの頃の自分には、
あの頃の自分なりの精一杯があったことを見つめている。
私はそこに、
ものすごく心を掴まれた。
人は過去を変えられない。
でも、
過去の自分を見る目は変えられる。
「あの時の私は最低だった」
で終わらせることもできる。
「あの人が悪かった」
で終わらせることもできる。
でも、
もう少し深いところまで潜ってみたら、
そのときの自分が
何を怖がっていたのか。
何を欲しがっていたのか。
何を守ろうとしていたのか。
見えてくるものがある。
私は、
そういう場所をずっと見てきたのかもしれない。
だからこの記事に、
こんなにも惹かれたのだと思う。
誰かを支える仕事へと繋げていること。
そしてもうひとつ。
あいさんが、
過去の経験をそのまま「傷」で終わらせず、
今、
誰かを支える仕事へと繋げていること。
そこにも心が動いた。
人は、
傷ついたから人を救えるわけではない。
苦労したから偉いわけでもない。
でも、
自分の傷を見つめ、
そこに何があったのかを知り、
少しずつ自分との関係を結び直していった人だからこそ、
見える痛みがあるのだと思う。
「ああ、この人は今、怒っているんじゃなくて怖いんだな」
「しがみついているんじゃなくて、安心したいんだな」
「愛がないんじゃなくて、愛し方が分からないんだな」
表面だけを見たら、
間違えてしまう人の心。
私は、
そこを見つけられる人でありたい。
たぶん私は、
人を正しい場所へ連れていきたいのではない。
その人自身が、
「ああ、私はこうしたかったんだ」
と気づくところまで、
一緒に潜っていきたいのだと思う。
「私は、本当はどうしたかったんだろう」
愛していた。
でも、うまく愛せなかった。
この二つは、
矛盾しているようで、
きっと矛盾していない。
人は、
愛することも、
愛されることも、
最初から上手なわけではないのだから。
何歳になっても、
人との距離を間違える。
近づきすぎたり、
離れすぎたり、
握りしめたり、
逃げたりする。
そして、
そのたびに少しずつ、
「私は、本当はどうしたかったんだろう」
と知っていく。
愛することは、
完成することではなく、
ずっと学び続けていくことなのかもしれない。
だから私は、
あいさんのこの記事を選びました。
18歳で母になったあいさんの物語なのに、
読み終わったとき、
なぜか私は、
私自身の人生を考えていた。
心に残る文章って、
きっとそういうものなんだと思う。
誰かの物語を読んでいたはずなのに、
気づいたら、
自分の心の奥に立っている。
あいさん。
こんな文章を残してくださって、
ありがとうございます。
そして、
あの頃の自分を置き去りにせず、
今の自分が迎えに行くような文章を書いてくださって、
ありがとうございます。
私もまた、
自分の中に置き去りにしてきた気持ちを、
ひとつずつ拾いながら、
これからも言葉を書いていきたいと思いました。
UTAKO

