INTJ女子の子ども時代あるある
はじめに
INTJは大人になってから突然INTJになるわけではない。
振り返れば、子どもの頃からずっとINTJだった。当時は「変わった子」「大人っぽい子」「かわいくない子」と呼ばれていたけれど、今なら分かる。あれは全部、INTJの初期症状だった。
今日はINTJ女子である私の実体験も交えつつ、子ども時代あるあるを書いていく。INTJの人は懐かしさで悶えてほしいし、INTJの子を育てている親御さんには「そういう仕様です」と伝えたい。
あるある① 休み時間、教室で本を読んでいた
みんなが校庭に飛び出していく中、席で本を読んでいる子。それがINTJだ。
外遊びが嫌いだったわけではない。ただ、鬼ごっこの輪に入るための「入れて」の一言と、そのあとのテンション合わせのコストを考えると、本を読む方が明らかに楽しかっただけだ。
図書室の常連で、司書の先生と仲が良かった。読書量だけは学年でトップクラス。「友達と遊ばないの?」と先生に心配されるが、本人はまったく困っていない。この「周りが勝手に心配してくる」構図は、大人になった今も続いている。
あるある② 「なんで?」で大人を困らせた
「なんで宿題やらなきゃいけないの?」「なんで廊下走っちゃだめなの?」「なんでみんなと同じにしなきゃいけないの?」
反抗したいわけではなかった。本当に理由が知りたかった。
納得できる説明——「廊下で走ると、曲がり角で人とぶつかって怪我をするから」——をもらえれば、素直に従う子だった。でも「ルールだから」「屁理屈言わない」で返されると、従うふりをしながら、心の中でその大人の評価を静かに下げていた。子どもの頃から減点方式は搭載済みだった。
あるある③ グループ行動の意味が分からなかった
女子の世界には、謎のルールがある。トイレに一緒に行く。移動教室も一緒。休み時間も同じメンバーで固まる。
INTJ女子は、これが本気で分からなかった。トイレは一人で行ける。 なぜ連れ立って行くのか。あの同行に何の機能があるのか。
分からないなりに、合わせようとした時期もあった。でも、グループの会話——誰が誰を好きとか、あの子が生意気だとか——に興味が持てず、相槌のレパートリーが尽きて、だんだんフェードアウトする。結果、特定のグループに属さない一匹狼ポジションに落ち着く。不思議と、いじめられはしない。「あの子はそういう子」という治外法権を獲得していた。
あるある④ 大人の矛盾に気づいていた
「先生によって言うことが違う」「お母さんは『早くしなさい』と言うくせに、自分は約束の時間に遅れる」「『みんな仲良く』と言う先生が、明らかに好き嫌いで生徒を扱っている」
INTJの子どもは、こういう矛盾を全部見ている。そして指摘して、めちゃくちゃ怒られる。
「口答えするな」と言われた日の、あの納得のいかなさは今でも覚えている。事実を言っただけなのに、なぜ怒られるのか。このあたりで INTJ の子どもは学習する。「大人は正しさより立場で動く」「本当のことは、言うタイミングと相手を選ぶ必要がある」——処世術のインストールが、たぶん人より早かった。
あるある⑤ 将来の夢が「職業」じゃなかった
「将来の夢は?」と聞かれて、みんなが「ケーキ屋さん」「サッカー選手」と答える中、うまく答えられない。
INTJの子どもの頭の中にあったのは、職業名ではなく状態だった。「一人で静かに暮らしたい」「誰にも命令されたくない」「困らないだけのお金がほしい」——小学生にして、目指すものがすでに老後だった。
卒業文集用に、それっぽい職業を書いてお茶を濁した記憶がある人も多いはずだ。あの頃から、本音と提出用の答えを使い分けていた。
あるある⑥ 一人でいることを「かわいそう」と言われて混乱した
これが子ども時代最大の謎だった。
一人で本を読んでいる。楽しい。一人で絵を描いている。楽しい。なのに大人は「お友達と遊ばなくて寂しくないの?」と聞いてくる。クラスメイトは「ぼっちじゃん」と言ってくる。
寂しくない。むしろ最高の時間なのに、なぜ全員が私を可哀想がるのか。
「一人=不幸」という世間の方程式と、「一人=快適」という自分の実感。このズレに折り合いをつけるのに、けっこうな年月がかかった。MBTIに出会って「内向型」という概念を知ったとき、ようやく答え合わせができた気がした。あのとき欲しかったのは友達ではなく、「あなたはそれでいい」という一言だった。
まとめ
本を読み、理由を求め、群れず、矛盾を見抜き、老後を夢見て、一人を楽しんでいた——INTJ女子の子ども時代は、だいたいこんな感じだ。
当時は「協調性がない」と通知表に書かれる欠点だったものが、大人になった今、「自分の頭で考える力」「流されない強さ」と呼ばれるようになった。環境の評価は変わったが、こっちは何も変わっていない。 子どもの頃のあの子のまま、今日も家で本を読んでいる。
もしあなたの近くに、教室の隅で本を読んでいる子がいたら、無理に輪へ入れようとしないであげてほしい。あの子はたぶん、困っていない。
