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【第1話】ジョージアの悪名高き刑務所「グルダニ」での同居人たち

※前回の続きです。初めての方はこちらからお読みください。

今回は、グルダニ刑務所で出会った同居人たちについて書いていく。

この異国の監獄で過ごした日々は、言葉の壁以上に、人間という存在の深さと奇妙さを突きつけてきた。

彼らの顔ぶれを順に思い出すと、今でもこう思う。

「この世界に“普通の人間”なんて、1人もいない。」

そんなことを、あの寒々しい鉄のベッドの上で何度も考えていた。


地下室から地上へ──そして“待機部屋”へ

私が地下室から移されたのは、E棟の仮滞在部屋だった。

ここは、地下の地獄を抜けたばかりの囚人たちが一時的に押し込まれる、いわば中継所。

6畳程の部屋に2段ベッドが3台。
5人の男たちと私、合計6人で詰め込まれた。

誰も喋らない沈黙が、逆に全員が観察してるって伝わってきた。

だがそれ以上に息苦しさを感じたのは、空間ではなく「ここにいる人間たちの濃さ」だった。


【S】

ジョージア人、50代。
大麻栽培で捕まったという、おじさん。
上半身裸がデフォルトで、紙とパンで手作りした謎のボードゲームをいつも抱えていた。
それは西洋版のハサミ将棋のようなもので、言葉の通じない私と“共通の時間”を作ってくれた。

彼の作った小さなゲームが、この部屋での私と彼らの距離を近づける手段だった。

あのときのSの温かさ、絶対に忘れない。


【NとM】

30代のジョージア人2人組。
Nは兄弟殺し、Mは親殺しの罪で収監中という話だった。
だが見た目はまるで優しげなお相撲さん。
殺気や緊張感はゼロ、むしろ「実家感覚」で部屋をくつろいでいた。

不安と恐怖で固まっていた私の隣で、
彼らはあくまで自然体に過ごし、
彼らにとって「ジョージアの刑務所は“第2の我が家”」という現実を、静かに教えてくれた。


【P】

パレスチナ出身の若者。元少年兵だという。
朝から晩まで、鉄の扉に体当たりし続けていた。
会話はできなかったが、その瞳の奥に戦場の記憶のような影があった。

ただ、何かを口にすると、ふっと静かになる。

食べ物にだけ、心を委ねるようなその姿が、今でも焼きついている。


【A】

アゼルバイジャン人、見た目は田舎のお爺さん風。

「チャイ!チャイ!」と一日中チャイ(紅茶)を求めている。

※ジョージアで“チャイ”はインド風ではなく、普通の紅茶を指す。

ゲームで負けたらブチギレる。

その怒り方が子どもみたいで、でも妙に怖かった。


この部屋での18日間、私たちは誰一人、扉の外に出ていない。

シャワーなんて贅沢はなく、紅茶2杯分くらいのお湯をポットで沸かし、水で薄めて2Lにして、ペットボトルに入れ、それを抱えて鉄の扉のトイレに入り、体を拭く。

私の持ち物は牛乳石鹸ひとつと歯ブラシだけ。

ちなみに日本では“有罪判決が出るまで拘置所”っていうイメージだけど、ジョージアは違う。

逮捕されると、まず48時間以内に初公判。その後は刑務所に直行する。また1回で終わる裁判なんて99.999…%ない。

つまり――有罪か無罪かも決まってない、もしかしたら無罪かもしれない人たちが、みんなとりあえず”刑務所にぶち込まれる。

しかも、裁判は早くても1ヶ月に1回。例え無罪でもかなり待たなければならない。

何の犯罪も犯していない人、隣人に騒音苦情で警察に電話され逮捕され、裁判待ちで既に1年獄中にいるみたいな人も何人も見た。


新たな部屋へ──そして、地獄の扉が開いた

中継所に来て18日後。ついに名前が呼ばれた。

迎えに来た看守に連れられ、私は次の居場所、A-417号室へと移された。

そこには6人のジョージア人、1人のブラジル人、そして私。

私以外は、すでに裁判を重ねてきたベテラン受刑者だった。

これまでのジョージア人に感じていた穏やかな印象は、この部屋の空気に一瞬でひっくり返された。

「あ、これはマジでヤバい」

私の直感がそう言った。



続く。


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Bonsai|ぼんさい あなたは本当に素晴らしい方です!!ありがとうございます。