【ミアシャイマー教授の警告】エスカレーションの梯子と、外交が死んだ世界で私たちが直面する現実
Introduction
昨日の第2弾となります。
⬆2026年05月19日のGlenn Diesenとの対談「John Mearsheimer: Toward All-Out War With Both Russia & Iran」に基づく
世界は今、見えない梯子を一段、また一段と登り続けているのかもしれません。その梯子の先にあるものが何であるか、誰も確かなことは分からないままに。
ジョン・ミアシャイマー教授とグレン氏による対話は、私たちが生きるこの時代の輪郭を、極めて冷徹に、そして静かな憂慮とともに描き出しています。ウクライナとロシア、そしてイランとアメリカ。二つの異なる場所で進行する紛争は、一見すると別々の出来事のように思えます。しかし、その根底には共通する「交渉の余地の喪失」と、「絶望がもたらすエスカレーション」という深く暗い水脈が流れているようです。
本記事では、ミアシャイマー教授の洞察を手がかりに、現在の国際情勢がどのような構造の上に成り立っているのか、そして私たちがどのような未来の入り口に立たされているのかを、丁寧に紐解いていきたいと思います。
見えないレッドラインと、ロシアの忍耐の限界
ウクライナにおける紛争は、新たな局面を迎えているようです。
かつては戦場に限定されていた攻撃は、今やドローンやミサイルによって、モスクワを含むロシア本土へと深く入り込んでいます。
「ウクライナ人がここでエスカレーションの梯子を上っていることは明らかです。彼らはロシア本土を攻撃するために、ますます多くのことを行っています。」
ミアシャイマー教授が指摘するように、西側諸国の支援を受けたウクライナは、ロシアへの攻撃を激化させています。これに対し、西側諸国は「ロシアは抑止されている」「彼らは反撃してこない」という、ある種の過信を抱いているように見受けられます。
しかし、その過信は極めて危うい土台の上に立っているのかもしれません。教授は、ロシアの著名な政治学者であるセルゲイ・カラガノフ氏の言葉を引用し、ロシア国内の空気の変化を静かに伝えています。
「ロシア人はある意味でうんざりしており、戦争全般に疲れています。そして、ウクライナがロシア本土をますます攻撃することでエスカレートしているという考えは、単に受け入れられません。」
ロシアにとって、西側諸国が自国の「レッドライン」を無視し続ける状況は、もはや看過できない限界点に達しつつあるというのです。クルスクへの侵攻や、戦略核戦力の一部への攻撃など、冷戦時代であれば「考えられないほど危険」とされた行為が、現在では現実のものとなっています。
もし、このまま本土への攻撃が続けば、ロシアはどう動くのでしょうか。
カラガノフ氏が示唆するように、NATO諸国への通常兵器による限定的な攻撃、そしてその先にある「核兵器の使用」という選択肢を、現実の脅威としてミアシャイマー教授は以下の言葉で指摘しています。
「あなたの目は閉じられており、エスカレーションの梯子を手探りで登っているのです。しかし、その梯子のどこかに核の使用があります。」
暗闇の中で梯子を登るようなこの状況において、「相手は反撃してこない」という思い込みが、いかに致命的な結果を招き得るか。その重い現実が、静かに突きつけられています。
イランとアメリカ:敗北を認められない超大国のジレンマ
視点を中東へと移すと、そこにもまた別の「終わりの見えない梯子」が存在しています。
イランとアメリカの対立は、40日間にわたる爆撃キャンペーンや、それに続く封鎖という手段を経ても、いまだ解決の糸口を見出せていません。
「トランプが絶望していることは誰もが理解しています。そして絶望しているとき、人は時としてサイコロを振るのです。勝てないと思っていても。」
超大国であるアメリカにとって、「小国であるイランに敗北した」という事実を受け入れることは、政治的にも心理的にも極めて困難なことなのでしょう。ミアシャイマー教授は、この状況をかつてのベトナム戦争に重ね合わせます。
「アメリカが戦争に巻き込まれたとき、たとえ負けていたとしても、敗北を受け入れることは非常に困難です。アメリカは非常に強力な国であり、常に勝つ方法を探し求めています。」
封鎖が機能せず、交渉による解決も望めない中、残された選択肢は「より大規模な爆撃の再開」か、「敗北を認めて取引をする」かの二つに絞られつつあります。しかし、敗北を認めることができない以上、再び軍事力に訴えるという「絶望的なサイコロ」が振られる可能性は決して低くありません。
もし大規模な爆撃が再開されれば、イランはホルムズ海峡の封鎖や湾岸諸国への攻撃など、あらゆる手段を用いて反撃に出るでしょう。それは中東地域のみならず、世界経済全体に壊滅的な打撃を与えることになります。
勝つための魔法の公式など存在しないにもかかわらず、それを見つけ出そうと足掻き続ける。その姿は、大国が陥る深いジレンマを浮き彫りにしています。
「実存的脅威」という呪縛と、外交の死
なぜ、これら二つの紛争において、平和的な解決への道筋がこれほどまでに閉ざされているのでしょうか。
その根本的な原因として、ミアシャイマー教授は「実存的脅威(Existential Threat)」という概念を提示します。
「ロシアの観点からは、ウクライナとヨーロッパの立場は実存的脅威を表しています。そして明らかにウクライナの観点から、そしてますますヨーロッパの観点からも、ロシアの立場、ウクライナでのロシアの成功は実存的脅威を表しています。」
双方が「相手の存在そのものが自らの生存を脅かす」と認識している状態。そこには、妥協や譲歩が入り込む余地(Bargaining space)は存在しません。生き残るためには、相手を完全に打ち負かすしかないという極端な論理が支配してしまいます。
イランとアメリカ(そしてイスラエル)の関係においても、全く同じ構造が見られます。イスラエルにとってイランは実存的脅威であり、その認識がある限り、アメリカがイランとの間で「敗北を認める取引」を行うことは、国内の強力な反対によって阻まれてしまうのです。
さらに深刻なのは、こうした状況下において、西側社会から「客観的な議論」が失われつつあるという事実です。
「すべてが『これに賛成』か『あれに賛成』かに単純化されています。(中略)もしあなたがそれに異議を唱えるなら、あなたは本質的に敵の側にいることになります。私は常識が恋しいです。実際の議論や討論が恋しいのです。」
グレン氏が嘆くように、複雑な国際情勢を善悪の二元論で切り分け、プロパガンダによって都合の良い物語(「ウクライナは勝っている」「イラン戦争は終わった」など)を消費し続ける社会。それは、現実を直視し、破滅を回避するための「外交」という知恵を、自らの手で殺してしまう行為に他なりません。
始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい
対話の終盤、ミアシャイマー教授は歴史が教えてくれる一つの冷酷な真理を語ります。
「アメリカが戦争に巻き込まれるのは非常に簡単ですが、抜け出すのは非常に難しいということです。」
ベトナム、アフガニスタン、イラク。短期決戦で勝利できるという楽観的な見通しで始まった戦争は、例外なく泥沼化し、莫大な犠牲と長い年月を費やした末に、深い傷跡だけを残して終わりました。
今、私たちが直面しているウクライナとイランの紛争もまた、同じ轍を踏もうとしているように見えます。
エスカレーションの梯子を登り切った先に何があるのか。
暗闇へ向かって伸びるこの梯子の先に、果たして降りるための場所は残されているのか。
その答えはまだ、深い霧の中に沈んだままです。
この対話には、明確な解決策やハッピーエンドは用意されていません。
しかし、だからこそ、ここで語られた冷徹な現実から目を背けることなく、私たち一人ひとりが「常識」と「客観的な視点」を取り戻すことの重要性が、静かに、しかし強く響いてくるのです。
世界がこれ以上、取り返しのつかない深みへと足を踏み入れないために。
私たちが今できることは、この複雑な現実を、ただ静かに見つめ続けることなのかもしれません。


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