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わたしは可愛い人と言われたい

この記事のタイトルは、
Charaの「タイムマシーン」のカップリング曲。
中学生の頃、彼女のファッションと
上手いとか下手とかでジャッジしようのない
オンリーワンな歌声に、ものすごく憧れていた。

わたしは娘たちを
ひたすら可愛い!可愛い!と言って育てている。

世の中の基準がどうであれ
目も鼻も口も耳も、髪も身体も全部、
愛おしくて可愛らしい。

そうやって過ごしてきて、十数年。

彼女たちは、朝起きたばかりで
むくむくに浮腫んだ顔のまま
「ママ見て!今日もめっちゃビジュいいわ」
って言えちゃう感じに育っている。

どうかそのまま、
誰がなんと言おうとそのまま、
大人になって欲しいと願う。

ほんとは、
女の子だった頃のわたしに
言ってあげたいんだと思う。

可愛い可愛いって言って、
わたしを育ててあげたい。

もっと他に傷つかなあかん事あるやろ?
と我ながら思うけど、

親に捨てられたことより、
祖母が変な宗教を信仰していることより、

自分の一番深い傷は、
祖母と父からの
「外見の否定」のような気がしている。

「あんたは目が小さいけど、
近所のあの子はお人形みたいな目で美人。」

「ただでさえ口がでかいのに、
大きな口開けて笑わないで?みっともない。」

「立派な(太い)足が見えたら恥ずかしい!
短いスカート禁止。」

祖母と、めったに帰って来ない父は
度々わたしの体型のことで口論していた。

「母さんが食事に気をつけないから、
運動させないから、
こんなにぶくぶく太ってるんや!」という父に、

「この子はうちに来た時から太ってた。
赤ちゃんの頃に向こう(母方)で
泣き止ませるために
ずっとジュースばっかり飲まされたから
こんな体型になったのよ!」と言う祖母。

母は亡くなったし、
父とはそもそも数えるほどしか会った事がないし、
祖母の信仰は変わらないけど
上手に逃げられるようになった。

でも、自分の容姿からは逃げられない。

10代でお化粧を覚えて、
ありとあらゆるダイエットも試して、
その時出来る努力は全部やって、
そうやって大人になっていって
少しずつ、心の傷がマシになってきたころ、

結婚したら、
今度は夫から容姿を馬鹿にされる日々が始まった。

それでまた、傷口が開いた。

もしかしたらそこで、前よりもっと、
美しくない自分を嫌いになったかもしれない。

写真にうつるのがめちゃくちゃ嫌だったし、
鏡を見ないようにしていた時期もある。

離婚して年月が経って
ずいぶん瘡蓋が出来てきたけど、
どうしても、傷は治らないまま。

なかったことにするのはやっぱり難しい。

ありのままの自分を愛して!とか、
ボディポジティブ界隈を
ちょっと羨ましくも感じるけど、
「美しい見た目」への憧れを捨てきれない。

実は、"ありのままの自分を愛する作戦"に
チャレンジしたこともあったけど、
わたしには向いてなかった。
自分に嘘をついただけだった。

とはいえ美しい、可愛い、の基準はとても曖昧で、
具体的に「こうなりたい」というのは
あるような、ないような、なので、

とりあえず定期的にボトックスを打ったり、
パーソナルトレーニングに通ったり、
脂肪冷却を試してみたり、
一生懸命計算して脂質を減らしたり、
胃がやられるぐらいサプリを飲んだりして、
「わたし頑張ってんねん!」ていう事実で
自分の心のバランスを取っている。

わたしは一体どうなりたいんだろう?

どうなったら、
この悲しい気持ちが消えるんだろうね。

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