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20歳で40ヵ国旅した理由を聞かれて、私は「異世界に行きたかった」と答えた

私は青山のカフェで、就活相談を受けていた。
相手は今を生きる大学生。

SNS掲載許可済。

何を基準に就職活動を進めていくのか。
自分は本当に行動力があるのか。覚悟とは、決断力とは何なのか。

そんな話をしていた。

私は、いつものようにエラソーに話していた。

「覚悟って、多分『雑感を無視して突き進む力』のことのような気がするんですよね」

みたいな。

すると彼は、まっすぐな目で聞いてきた。

「なぜ20歳の時点で、そんな旅行をする気になったんですか?その、よほど大きな『覚悟』がないと、あるいは動機がないと、そうならないような気がするんですが・・・」

私は少し黙った。

あの時は「雑感を無視する」ということを能動的にしていなかった。むしろ、当時の「雑感」は無視できるほど小さくなかった。

計画すればするほど「これ、死ぬんじゃないか?」と私は怯え始めていた。
思えば、海外に行く前に「遺書(法的効力はない)」を書いて、CDに書き写し、親友に託すほどには、私はこの旅を恐れていた。

ということは、やはり私は一般的にイメージされる「覚悟」をしていたのだろう・・・つまり、「動機が大きすぎるが故、雑感を乗り越えざるをえなかった」状態の覚悟だ。

なぜ、そこまでして私は旅がしたかったんだろう。

これまでなら、いくつか用意された答えがあった。

世界を見たかったから?
若いうちにしかできないことをしたかったから?

どれも嘘ではないが・・・。


少し考えて、私はこう答えた。

「・・・私はたぶん、『異世界』に行きたかったんだと思います」

口に出してから、自分でも少し驚いた。

【異世界に行きたかった。】

なんちゅう表現だ。

でも、その言葉は、自分の中ではかなりしっくり来た。

私は立派な目的意識に燃えていたわけはない。それは自分の中でも非常にクリアで、「ただ行きたかったから」と周囲にも伝え続けていた。

じゃあ、なぜ行きたかったのか。

私は当時の日記を掘り出して、開いてみる事にした。

これは、20歳の頃の自分が見ていた世界を、40代になった自分がもう一度見に行く文章だ。


私は中学3年生から日記をつけている。

当時の中学生はパソコンも携帯も使わない。私は紙のノートに、自分の日記を記し続けていた。

16歳から24歳までの八年間、実に18冊に及ぶ日記帳だ。

当時の、なんとも恥ずかしい「黒歴史」的な想いがよみがえる。そこでふと思い当たった。

私は、自分の人生に突然「異世界への憧れ」が発生したわけではない。

それは、もっと前からあった。

いや、もっと正確に言えば、私は一度「異世界」に住んだことがあったのだ。

小学生の頃、私は一年間だけドイツに住んでいた。

今から紹介する写真は、私が20歳になり、9歳の時以来初めてドイツを再訪問した2003年に撮ったものだ。

場所は、カレンフェルスという小さな村だった。

ね?異世界みたいでしょ?

家から徒歩五分のところには、古城の跡があった。

私が実際に住んでいたのはこの家だ。

家の中はこんな感じ。

なんだかジブリっぽい

家から5分程歩いたところには、なぜか射的場を兼ねたバーがあった。

住んでいる場所はスーパーも何もなかったので、食料などは全て徒歩で30分ほど歩いた街で買う必要があった。

村を出るには、ここから始まる一本道を通って出て行く。

冒険の始まりっぽくない?

この近くの一本道を進んで行くと・・・

こんな感じの街に出る。

めっちゃ異世界でしょ??

そして、日本語ではない言葉が、当たり前のように飛び交う世界。

これらは今見ても異世界っぽいと思ってしまう。

なぜなら、私が住んでいた1990年当時(2003年時点でもそうだったが)、この場所は観光地でもなんでもなく、これらの光景はただの日常として存在していた

観光客のために作られた光景ではない。ただ、そこに住む人達の生活空間だったのだ。

そして小学校二年生の私は、ただそこで生活をしていた。

朝起きて、霧がかかる坂道を駆け下りてスクールバスに乗り、学校に行く。

学校ですら異世界風。

学校ではよく分からないドイツ語を聞き、クラスメートの中に混ざる。

この写真は1990年当時のもの。
左端のアジア人が私だ。

学校では、兄を除き私は唯一のアジア人だった。当然特別視される。

親が授業参観で撮っていた。
中心が私だ。私が中心だッ

休みの日には近くの古城を探検したり、射的場に行ってみたりする。

・・・そんな日々だった。

さて、そんな一年が終わり、私は小学校三年生の夏に日本に帰国した。

それから、私が経験した風景は徐々に自分の中で別の意味を持ち始めた。

漢字の宿題に追われ、中学受験に向けて塾に通い詰める。空気感も浮いていたのだろう。身長が前から2番目だった私は怖がられることもなく、結構からかわれたりもしていた。

つまるところ、特別視されていた私はただのモブとなった。

そういう生活の中で、カレンフェルスの記憶は、ただの「昔住んでいた場所」ではなくなっていった。

ドイツ(海外)には、少なくとも自分にとっては違う空気、時間が流れていた。

しかし「現実世界」である日本にいる私から見ると、この記憶は物語の中の世界のようにも思えた。

そんな中、私は初めてのTVゲームに出会う。

『聖剣伝説II』というタイトルだった。

そこには森があり、村があり、城があり、神殿があった。

魔法や古代文明があり、世界の奥にはまだ知らない何かが眠っていた。

私はそのゲームに、強烈に引き込まれた。

当時は単純に、「ゲームって楽しい!!」ぐらいにしか思っていなかった。

でも今になって考えると、

私はかつて自分が住んでいた、あの「現実の異世界」に、物語としてもう一度入り直していたのだと思う。

カレンフェルスの古城や、川沿いのワイン畑。
教会。石造りの街。
自分が今までいた世界とは違うルールで動いている場所。

その記憶に、聖剣伝説IIが、森と精霊と音楽と冒険を織り交ぜ、物語として再構成してくれたのだ。

だから私にとって、きっとこのゲームの世界は完全な空想とは思えなかったのだろう。現実よりも神秘的で、冒険の匂いがすることを除き、私にとってこのTVゲームは、「現実の異世界」への再没入体験だったのだ。

ちなみに、私は後に『聖剣伝説III』もプレイしたが、あまり刺さらなかった。キャラ立ちやシナリオが、ファンタジーとしての世界観を完成させすぎており、私の中の「現実の異世界」とは地続きではなかったからだろう。

だから、私が惹かれてきた作品には、どこか共通点があった。

ラピュタ。
カリオストロの城。
ファイナルファンタジーVII。
ファイナルファンタジーX。

これらの作品で描写される世界は、完全な別世界ではない。
どこか現実と地続きだった。

飛行機や船で行けそう。
現実のすぐ隣にあるのに、今いる場所とはまったく違う世界。

私は、そういうものにずっと惹かれていた。

そして大学生になる頃、その「現実の隣にある異世界」は、ネット越しの画面の向こうにも現れ始めた。


海外の人とつながるために、私は「ICQ」や「MSNメッセンジャー」を使っていた。Facebookの走りのようなものだ。プロフィールを見て、海外の人に話しかける。

返事が来て、翻訳機を使いながら、なんとか会話をして、しばらくやり取りをして、写真を送り合う。

送られてきた写真・・・つまり画面の向こうには、本当に「異世界の住人」がいた。

彼らは私に対して友好的だった。

そして彼らは金髪だったり、目の色が違ったり、顔立ちが日本人とはまるで違ったりする。

パソコンの画面の向こうには、まったく違う世界に住んでいる人たちがいて・・・、
しかも、その人たちが、自分に向けて言葉を返してくれる。

自分にとっては大きな衝撃だった。

中には、今のアニメ的な表現で言えば「エルフ」のような美少女たちですら、私にフレンドリーに接してくれた。

もちろん、今の大人の私から見れば、相手の見かけはどうあれ、人は人。余計な幻想や神聖性を抱き押し付けることはない。

ただ、当時の私には本当にそう見えてしまった。

英語が通じる嬉しさや知らない国の人と話す興奮もあった。

が、当然のごとく私の動機は一瞬にして不純な何かに満ち溢れたものとなった。

だが、それだけではなかった。

当時の私は、コンプレックスの塊だった。

中高一貫の進学校では、成績的に完全な落ちこぼれ。
低い身長にも強いコンプレックスがある上、男子校だったので、女性との接点も少なかった。

「自分はこのまま終わる人間ではない」
「今いる場所では評価されていないだけだ」
「どこか別の世界に行けば、本当の自分が始まるかもしれない」

劣等感と、それゆえに自分を守るため肥大化せざるをえなかった自己イメージ。

20歳前後の私にとって、それはかなり切実な感覚だった。

だからこそ、画面の向こうの海外の人たちが、自分にフレンドリーに接してくれる空間では、少なくとも自分は「日本の中での冴えない男」ではなかった。

英語はバリバリのカタコト、翻訳機に頼りながらの会話。
その会話だって、自分を大きく見せようとする痛々しさがデフォルトだ。

それでも、画面の向こうの心優しいエルフたちは自分の写真を見て、優しい言葉をかけてくれる。本質的な会話をすることができている。

それは、当時の私にとってまさに「救い」であり、私にとっての異世界≒海外への憧れは膨れ上がった。

別の軸から捉えるなら、結局のところ、私は今いる世界での自分の小ささに耐えられなかったからこそ、別の世界に行きたかったのだと思う。

二つの要素。すなわち、

●ラピュタやカリオストロや聖剣伝説IIが見せてくれた、自分にとっての「現実の延長線上にありそうな異世界」。

●ICQやMSNメッセンジャーが見せてくれた、画面の向こうに「現実に存在する異世界」。

これらが私の中で重なった。

物語の中にあると思っていた異世界は、どうやら本当に存在するらしい。
しかも、飛行機に乗れば行けるらしい。
英語を使えば、その住人たちと話せるらしい。

感覚的にそれらを味わって行った私は、もはやその世界に行かずにはいられなかったのだと思う。

その世界は、本当に異世界だったのか

では、その場所は本当に異世界だったのか。

答えは、Yes and No. だった。

20歳の私は、旅の途中でカレンフェルスを再訪した。
9歳の時以来だから、実に11年ぶりだった。

私は、再訪した土地に着いた時の感想を、このように日記に綴っている。

知ってる。
知ってるぞ。

道路のブロックの形、街の雰囲気はそのまま。
この通りでスケボーしたなぁ。
けしのつぼみの色当てしたっけ。
ここでテニスボールを年上の人にぶつけて、追いかけられたなぁ。

夢の中の風景だと思っていたものが、現実にそこにあった。

いや、正確に言えば逆かもしれない。

現実に存在していたはずの場所が、いつの間にか自分の中で夢の風景のようになっていた。

それが、実際に行ってみると、ちゃんとそこにあった。

あれは空想ではなかった。本当にあった。自分は確かにここにいた。

そのことに、私は強く感動した。

同時に、少し拍子抜けもした。

歩き回ってみると、思っていたよりずっと小さいのだ。

8歳の自分が動き回っていた世界は、20歳の自分の足では、あっという間に歩けてしまう。

「・・・こんなもん??」

そんな感じだった。

失望とは少し違う。
ただ、気づいてしまったのだ。

私は、心のどこかで「あの場所に戻りさえすれば」と思っていたのかもしれない。

あの道を歩けば。通っていた学校に行けば。
あの家の近くに立てば。

何かが戻ってくるのではないか。

あの場所に戻りさえすれば、
あの時の感覚を、もう一度味わえるのではないか。

ゲームでは、それができた。

聖剣伝説IIをプレイすれば、私はもう一度、現実の異世界に入るような感覚を味わえた。物語の中では、扉を開ければ、森があり、村があり、冒険が始まった。

でも現実は違った。

その村は、私の記憶通りに存在していた。
異世界は壊れていなかった。
そこではその日も、誰かの日常が続いていた。

ただ、その日常の中に、20歳の私はもう入っていけなかった。


ライン川のほとりで、私はしばらくぼーっとしていた。
子どもたちがカヌーに乗ったりして遊んでいた。

その姿を見ながら、私は思った。

オレはもう、あの輪の中には入っていけないのか。

その時、私は肚のどこかで理解した。

私が失ったのは、場所ではなく、「あの時のあの瞬間」だった。
8歳の自分として、何の疑いもなくその世界の中にいた時間だった。

異世界は、本当にあった。
でも、そこに戻ったからといって、昔の自分に戻れるわけではなかった。

同時に、この異世界では私に新しい景色を見せてくれた。
旅先で出会う人たち。自分の存在を、思いがけない形で受け取ってくれる人たち。

それは、カレンフェルスの代わりではなかったのかもしれないが、「あの時のあの瞬間を取り戻せない寂しさ」を別の形で満たしてくれるものではあった。

こんなオレが、こんな人たちと話している。
こんなオレが、こんな世界に入っている。

その感覚は、コンプレックスまみれだった私にとって、かなり大きな救いだった。

異世界とは、場所のことだけではなかったと、私はようやく気付いたのだ。

・自分が、今いる世界とは違う受け取られ方をする場所。
・自分の小ささが、少しだけほどける場所。
・自分の記憶と憧れと現実が、奇妙に重なる場所。

20歳の私は、恐らくそういう場所を探していた。

・・・ちなみに

2002年当時、エルフ達が送ってくれた写真達はこのようなものだった。

掲載許可済。
同上。

なんだこれは。もはや詐欺の領域ではなかろうか。
実際、写真を受け取った時、私は真っ先に詐欺を疑った。

いやいや、出来過ぎてるがな。
私は日本にいる、冴えない大学生やて。

当時は写真の加工技術は、素人が入ることなどできない領域だった。つまり、これらの写真達は完全に別人のものでないとするなら、本物。

・・・こんなもの受け取ったら、コンプレックスを抱えていた私でなくたって、誰だってのめり込むだろう??

そうだそうに違いない頼むからそうだと言ってくれ。

・・・幸い私は詐欺に会うことはなく、実際に会い、なんなら近くに来た時は必ず会って一緒に寝泊まりもする(二人きりじゃないよ)ぐらい気の置けない仲になった。

今でも彼女達とは良き友人だ。今ではみんな家庭を持ち、子どもを持ち、立派な大人。

オトナになった今でも友人関係が続けられているという意味では、当時恋愛に踏み込めず「お友達」に振り切ったヘタレだった私を褒めてやっても良いかもしれない。

・・・一人だけ本気で踏み込んでお付き合いした人がいたが、それはまた別の話。

今ではママ友となった彼女達の存在は、異世界と呼ぶにはいささか現実的すぎる空気を帯びており、かくして私の「異世界」という幻想は、自分の経験値と「友人」という人生における大事な財産に変換される形で消滅したのである。

近い将来、私の息子たちも彼女達の子供たちに会うことになるだろう。


いずれにせよ、今なら少し分かる。

私はたぶん、勇敢だったから旅に出たわけではない。
ましてや、立派な覚悟があったからでもない。

ただ、どうしても見てみたかったのだ。

子どもの頃に住んだ、現実の中にある異世界。
ゲームや映画の中で再構成された、現実の延長線上にある異世界。
そして、ネット越しの画面の向こうに現れた、現存する異世界。

それらが自分の中で重なった時、私はもう、その場所に行かずにはいられなかった。

20歳で40ヵ国を旅した理由を聞かれて、私は「異世界に行きたかった」と答えた。

今考えても、それはかなり正確だったと思う。

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