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『SASUKE』が異端を拒まないわけ

はじめに

SASUKEは、とうに競技として完成している。
解析され、最適化され、森本裕介という「正解」まで生み出してしまった。それでもなお、この番組からは説明のつかない存在が消えない。愛媛の銀行マン・宮岡良丞が中央の理論をすり抜けるように現れ、山田勝己黒虎という集団が、挑戦を「信仰」へと昇華させた。

なぜSASUKEは、辺境から来る者と、カルト的集団の両方を同時に生み出してしまうのか。今回、森本宮岡中島(黒虎)という三つの象徴を手がかりに、このモンスターコンテンツが決して「完成しきらない」理由を掘り下げていきたい。

「森本裕介」という到達点

SASUKEにおける森本裕介は、もはや一選手ではない。競技としてのSASUKEが到達しうる「完成形」そのものである。

SASUKEの絶対王者・森本。
IDEC株式会社でソフトウェア開発を行っている。

15歳から続く豊富な出場経験に裏打ちされた技術は洗練され、身体操作は最適化され、戦略はほぼ誤差がない。SASUKEという競技が長年かけて蓄積してきたノウハウ、解析、反復、そのすべてを一人の身体に実装した存在だ。努力、才能、環境、そのどれもが欠けていない。

二度の完全制覇を成し遂げた、
まさに番組の「顔」だ。

森本は、SASUKEが競技化された結果として必然的に生まれた王者だ。番組の設計思想に忠実であり、運営側にとっても視聴者にとっても「納得できる強さ」を体現し続けている。

勤務するIDECでは森本仕様のジムを完備。
森本の信頼と実績があってこそだ。

しかし、この完成度の高さは同時にSASUKEという装置の「中央」を明確に可視化してしまった。ここに至る道筋が示されてしまった以上、そこから外れる存在は必然的に「異物」として浮かび上がる。

辺境から現れた異能の力

その異物の代表例が、愛媛の銀行マン・宮岡良丞である。

宮岡は、森本とはまったく逆の座標に立っている。最先端の設備があるわけでもない。語られるストーリーも最小限。だったにもにもかかわらず、突如表舞台に現れ、他を圧倒する結果を積み上げた。

愛媛銀行に勤める宮岡。
融資の相談窓口を担当している。

彼の強さは、どこかSASUKE的な言語で説明しきれない。理論的でないわけではないが、体系化されていない。共有可能なノウハウとして切り出しにくい。10年以上にわたるのトレーニングで身体に沈殿した時間が、そのまま成果として現れている。

2023年大会では、初出場で第3ステージ最深部に進む快挙。
視聴者に衝撃を与えた。
自宅をSASUKE仕様に改造。
まさに求道者だ。

森本が「SASUKEになる」ことで王者になったとすれば、宮岡は「SASUKEにならない」まま核心に触れてしまった存在だ。そのズレが、番組に歪みを発生させている。

黒虎が生んだ「中島」という結晶

そしてもう一つ、森本とも宮岡とも異なるルートがある。それが山田が主催する『黒虎』、そしてその最高傑作と呼ぶべき中島結太である。

高校生の中島。
朴訥とした少年である。

黒虎は、辺境とは違う。彼らは中央を目指している。むしろ誰よりもSASUKEの中心に近づこうとし、そのために独自の共同体さえ作り上げた。山田勝己という象徴を中心に、挑戦を信仰化し、失敗を物語化し、集団として意味を増幅させていった。

師弟関係にある山田と中島。
愛弟子の成長を喜ぶ。

その過剰な意味生成の果てに現れたのが中島結太だ。彼は黒虎の思想、方法論、情念が最も純化された結晶と言える。個人の才能であると同時に、集団の成果物でもあるのだ。

森本を驚かせた成長速度で、
完全制覇を狙う。

中島の身体には、黒虎という集団の歴史が刻まれている。だからこそ彼は強い。そして同時に、その強さは常に「黒虎」という文脈から切り離せなず、完全な個にはなりきらない。

三者の緊張関係

ここで構図がはっきりしてくる。

森本が示すのは、完成された中央である。宮岡が体現するのは、中央の外側から侵入してくる辺境の力である。中島と黒虎が示したのは、中央を目指すあまり独自宗教化した力である。

辺境は意味を削ぎ落とし、カルトは意味を過剰に付与する。辺境は孤立し、カルトは集団化する。辺境は番組に説明を要求し、カルトは番組を飲み込もうとする。

どちらも、SASUKEという秩序にとっては危うい存在だ。しかしその危うさこそが、この番組のダイナミズムの本質である。

最後に:SASUKEという未完の物語

SASUKEは、森本のような完成形を生み出す一方で、宮岡のような辺境の侵入を防ぎきれず、黒虎のような軍団を許容する。

それは欠陥ではない。むしろ、この番組が文化現象であり続ける理由だ。完全に競技化されれば、辺境は消えてしまう。完全に物語化されれば、カルトが支配することになる。そのどちらにも振り切れない中途半端さこそが、SASUKEを特別な場所にし続けている。

森本、宮岡、中島。この三者が同時に成立してしまうこと自体が、SASUKEの本質である。秩序と逸脱、合理と信仰、中央と辺境。そのすべてが同じ舞台に並び、完全制覇を目指し共同戦線を張る。この異様さこそ、このモンスターコンテンツの正体なのだ。

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