【命の使い方】幸せは、意識と肉体の「合意」から生まれる

あなたの「体」は、あなたの「意識」と合致していますか?
多くの人が、「意識」と「肉体」が別々の方向を向いたまま、走り続けています。脳内では「もっとできるはず」「あれもこれもやらなきゃ」と、高い理想や計画(意識)が先行しているのに、実際の肉体は疲労し、悲鳴を上げている…そんな経験はないでしょうか。
先日、NHKの「新プロジェクトX」では、4年計画で大谷選手を「二刀流」にした経緯を、彼を育てた専門家4人が語っていました。
大谷選手もしかり、14歳ですでに世界的バイオリニストである吉村妃鞠(ひまり)さんしかり、天才と言われる人たちにも意識と肉体が合致しないことがあります。
それは、幸せになるために日々努力しているのに、自分を苦しめる結果を招いてしまうことがあるということです。
たとえば大谷選手。肘の手術(2回)は大リーガーになってから。
日本ハム時代は、「頑張り過ぎ」を止めてくれる専門家に囲まれていました。彼ら自身が肉体と意識のズレで苦労した、人生の先輩でもあるからだと思います。
そして彼らは、意識レベルの高い伴走者であったことで、無理だと思われていた「二刀流」が、計画通りに達成されました。
バイオリニストのひまりさんも、世界的音楽家を輩出している音大に、最年少(10歳)で入ったほどの天才ですが、指導者が心配するほどの頑張り屋です。
今のひまりさんと、日本ハム時代の大谷選手を観察して感じた共通点は、なにがあっても自分に課した1日の練習量をこなすこと。
大谷選手はアメリカへ行って肘の故障をしたことで、肉体と意識のズレに気づき、さらにこの二つを合意させることの大切さにも気づいたのではないかと、わたしは考えています。

ほとんどの人が体験する、「頑張り過ぎ」や「やり過ぎ」。
気づかぬうちに、自分を追い込み過ぎるこの行為は、幸せな状態を奪い去る可能性があります。
あなたもこれまでに、そんな体験はないですか?
私たちはつい、自分の肉体を「自分の意志でどこまでも動かせる便利な道具」のように扱いがちで、なかには何度も「不調」という形でお知らせが来ていても、どこかで「私は大丈夫」と変な自信を持っている方もいます。
身体は感情、思考、そして歴史をすべて記憶し、日々刻々と変化する「唯一無二のパートナー」であることを忘れてしまっているように思います。

目標や理想に向けて突き進むとき、心と体が「合意」していれば、過度に緊張することもなく、高いパフォーマンスで進んでいきます。
スポーツの世界で、毎日トレーニングに励み、土台を作り、本番前に「楽しみたい」と語っている選手たちが、それを体現してくれています。
「頑張る」ことと「自分を慈しむ」ことの矛盾
「頑張らなければ幸せにはなれない」という信念が強い人ほど、自分の肉体が発する小さなサイン(肩の凝り、睡眠の乱れ、ふとした気だるさ)を無視しています。
この積み重ねは、大きな病気を引き起こします。
私はこれまで、著名人がSNSで病気になったという投稿を見ると、Wikipediaでその方の生い立ちや、置かれている環境を調べる癖がありました。
「病気になる理由」が、どこかにあるのではないかと思うからです。
体質、遺伝のほか、育った環境なども関係しますが、その人が発する言葉や行動から、病気になる前に、気づけるチャンスがあると思っています。
そのチャンスがキャッチできる状態を、日頃から作り、整えるために、自分の体に関心を持ち、無理をし過ぎないことを、心がけてみるのは、身体に対する責任でもあるようにも思います。
もし病気になったときでも、「この体験からなにを学んでどう活かすのか?」と自分に問を立て、意識と肉体の対話を再開することを最優先にしてみると、人生の見え方が変わる可能性があります。

【意識レベルをパワーへ】自分の体の状態に関心を持つ
「今日はどれくらい休息が必要かな?」
「疲れが溜まると、同じ症状が出る」
「今の体調で、どこまでなら心地よく走れるかな?」と、
自分の肉体に問いかけ、同意を取りながら進むこと。
これこそが、意識レベルを安定させ、結果として「幸せ」という現実を引き寄せる最も重要なプロセスです。
今日の自分への問いかけ
忙しい毎日の中で、あなたの意識と肉体は、どれくらい「仲良し」ですか?
身体が辛いのに、「前もできていたから、今度も大丈夫」という思い込みはNG。年々肉体は老化しますよね。毎年扱い方は変化します。
・「やりたいこと」を優先し過ぎて肉体が置いてきぼりになっていませんか?
・自分の体に感謝して労っていますか?
・心地よいと感じるペースで「自分自身」を動かしていますか?
「理想の結末」を、自分で選ぶということ
幸せとは、目標を達成した先にだけあるものではなく、意識と肉体が一致し、調和した「今」この瞬間に、感じることもできます。
あなたの「心」と「体」の声に耳を澄ませ、小さな対話の積み重ねることが、自己信頼となり、そんな自分が好きになり、自分にとっての幸せが明確になるように思います。
世の中には、素晴らしい教えを残しながらも、自身の肉体を酷使し、駆け抜けるように人生を全うされた方もいます。
もし、その方が自らの肉体の限界を知った上で、それでも「これこそが自分の役割だ」と心から納得し、全うされたのであれば、それは一つの幸せでもあります。
大切なのは、
「世間が言う成功」に自分の肉体を捧げることではなく、「自分の肉体をどう扱い、どのペースで人生を歩むか」という選択権は、常に自分自身の手の中にあることを忘れずに、目の前の現実を選択し続けることです。
私は、かつてのような「自分を削り、怒りやプライドを燃料にする成功」ではなく、自分の肉体と対話を重ねながら、心地よく歩み続ける道を選びたいと思っています。

あなたの身体の管理責任者は誰なのか?
『不調は誰かに治してもらうもの』という考えから、意識と肉体の間の『ズレ』に自ら気づき、整えるという考え方へ移行する。
私たちが自分自身の内側と丁寧に対話するようになれば、病院に頼る前に、自分自身で回復できる力がもっと引き出されるはずです。
これは、今の日本に必要な、最も根源的な『生きる力の回復』だと思っています。
意識レベルは病気の予防や健康につながる
意識と身体のバランスが取れていれば、病気になるほどの無理はしないはず。
これは、私自身が26歳から31歳まで続いた障がい児の介護や、実家のお金の問題で30代40代と走り続け、心身共に強制終了した経験、セラピストとして身体の不調の相談を受けてきた経験から、行き着いた答えであり、幸せになる通過点でもあります。
だから、どんな意識で日々過ごすかが、現実を変えることに繋がります。
もしかしたら幸せは、すでに足元にあるかもしれません。
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